第21話 橘平、母のアイドルを知る

文字数 3,644文字

 物置小屋にはやはり、封印に関係しそうなものは無さそうだった。
 という事で、4人は今、蔵の前にいる。
 小屋の方は古いという形容だったが、こちらはこじんまりはしているものの、歴史がありそうな作りだった。

「一宮の蔵と同じくらい古そう」
「おー、ここならなんか手掛かりありそーじゃん!」

 蔵の和錠にも、鍵穴の中心にお守りの模様が入っていた。橘平は鍵を差し込むことなく、解錠する。

「え、カンタンに開いちゃうの?」
「さっき言ったように、うちは立派じゃないんで。盗むものなんてないから、鍵は飾り。蔵っていうかこっちも物置」

 橘平と葵が、重い扉を手前に引く。

「こっちも散らかってるんですよ…」

 蔵の中には段ボールや木箱、葛籠など、さまざまな年代の入れ物が山積みになっていた。

「もー、すぐ詰め込むから…主にじいちゃんとじいちゃんとじいちゃん…」
「じいちゃんしかいないんかい」
「そーなんすよ」

 ほこりもうっすら舞っている。

「気を付けてくださいね、段ボール落ちてきてじいちゃんが下敷きになったことあるんで」

 向日葵は蔵の中を見回し、うんざりしたように言う。

「うへえ、これ一個一個開けて…絶対今日じゃ終わんないじゃん」
「八神さんちに悪いから、夕方には退散しないといけないしな」
「とにかく、できる範囲で探しましょう!うん!」

 桜が早速、蔵の奥のダンボール箱を開け始めた。段ボールからはアルバムや小学校の教科書、橘平兄弟が着ていた幼児服など、比較的最近のものが次々とでてきた。

「木箱とか葛籠開けたほうが何か見つかりそうっすよね?段ボールどけられないかな…」

 古い入れ物の上に次々と新しい入れ物が置かれていったのだろう。年代物の箱の上には何箱ものダンボールや袋やらが無造作に積まれている。

「そうだな…段ボールは開けないで降ろしていくか」
「あー、じゃあ、どこかスペース作ってですよねぇ…」

 そんなことをしていたら、この日は段ボールの位置替えで終わってしまったのだった。
 彼らは部屋に戻り、次の土曜日にも八神家に集合することを決めた。

 
 帰り際、彼らは挨拶をしたいと、橘平の両親がいる居間に顔を出した。八神夫妻はダイニングテーブルの上でキムチを仕込んでいた。 

「あ、八神かちょー!今日はありがとうございました~!ん、きむち?」
「おお、向日葵ちゃん。そ、キムチ。あれ、葵くんもいたの?」
「今日はありがとうございました。お母さん、焼きそばご馳走様でした。美味しかったです」

 葵に声をかけられた実花は「ひゃっ!」と小さな声を上げ、「そんなそんな…あ、あんなもんで…」ともじもじしている。

「めちゃ美味しかったですよ~キムチもおいしそ」
「ありがとう。美味しいわよ」

 幸次は「ええと、そちらは…」と、向日葵の後ろに半分隠れている桜に目をやる。

「い、一宮桜です。今日はありがとうございました」

 桜が90度を超える深いお辞儀をする。ぺこり、と音がしそうな可愛らしい動きだ。

「いちのみや?」

 幸次が黒縁メガネの弦に手を当てる。葵がすかさず「橘平君のお父さん、お母さん、お願いがあります」と切り込む。

「一宮桜さんが遊びに来たこと、黙っていていただけますか?」
「ほんと、すいません!誰にも言わないでもらえると超助かります!」

 長年村に住み、役場にも務める幸次。一宮家の特殊性は多少、察するところがあった。

「…うん。そもそも言う人いないから、安心して」

 桜が土下座する勢いのお辞儀で、感謝の意を表す。
 彼女は友達の家へ遊びに来たことを周囲に隠さねばならない。橘平は不思議に思うと同時に、「おかしさ」を感じたのだった。

「じゃあ、おじゃましたしたー!帰りマース!」
「また役場でね。これからも橘平と仲良くしてやって」
「もちですよ!きっぺー君、私の舎弟なんで~また来ますねっ!」
「え、舎弟!?」
「違うの?舎弟になったんちがうの?」

 確かに昨夜、橘平は「舎弟」として雑用でもなんでもやると発言した。

「良かったな、きれいなお姉さんができて」
「はは…」
「は!お母さま、今日は何も持ってこなくてほんとすいません!こんどお、超おいしいもん持ってきますね!」
「あらお構いなく。また来てね」

 実花は向日葵ににこやかに返しつつ、横目で葵を捉え「また…」と囁いた。

 
 愛犬の大豆とともに、橘平はピンク軽の前までやってきた。

「橘平さん、今日は本当にお世話になりました。また来週もお邪魔することになって、ご迷惑かけてしまうけど」
「迷惑なんて全然!いつでも気軽に来てよ!だって」

 大豆は桜のことが気になるのか、顔や体を彼女の足に擦り付けている。

「友達んちなんだから」

 今、橘平の前にいる桜は、向日葵にも葵にも、今まで見せたことがない表情をしている。
 その感情のまま、桜は帰って行った。
 彼らとの入れ違いのように、弟が自転車に乗って現れた。

「お帰り。どこ行ってたの?」
「タカんちで遊んでた」

 桜さんも自転車で、バイクで、徒歩で。自由に友達の家に遊びへ行けるようになったらいいな。
 橘平は夕陽に願ったのであった。


 橘平は部屋に戻り、ベッドへ横になりかけた、その時。
 扉が勢いよく開いた。扉は壁に当たって、どばんだが、がごんだか、聞いたこともない音を立てた。
 現れたのは鬼のような形相の母。橘平に早口でまくし立てる。

「橘平、いつの間に葵クンと友達だったの?いつから?なんで教えてくれなかったの?言わなきゃダメじゃない」
「へ?」
「また来る?」
「あー」
「来るの?」
「た」 
「来るんだね?来るときは絶対教えてね、今日ノーメイクだったでしょ私。あのね、あおい、いやね、お客さん来るときはお化粧しないといけないのよ。子供だからわかんないと思うけどつまりね…」

 いきなり何の話をしているのか。息子はちんぷんかんぷんだったが、話の冒頭を思い出した。母は「いつの間に葵クンと友達だったの?」と言っていた。
 そう、実花が突然メイクしたり、変な話し方になったり、挙動不審だったりしたのは「葵」がいたからだったのだ。息子の彼女が来た、じゃない。
 べらべら続く「お叱り」を橘平が遮る。

「母さんって葵さんのこと知ってるの?!」  
「当たり前でしょ!みんな知ってるわよ!」

 向日葵同様、彼はある意味村では目立つ。今のは愚問であったと橘平は軽く反省する。

「いつから知ってる?お嫁に来た時から?」
「そんなすぐじゃないわよ。親戚と近所の顔覚えるので精いっぱいだったしさ。ってかそん時、葵クンまだ小さいし」

 子育てで他の子なんか気にする余裕なかったし。と苦労もにじませる。

「ちゃんと認識できたのは、葵クンが中学、いや高校生の頃かなあ。すっごいかっこいいが子いるのは知ってたのよ、噂でね」

 実花はベッドに腰かける。

「で、きっぺーが小学校入ったでしょ。中高も近くにあるじゃない、そこでさ、見ちゃったわけよ」

 その時の光景、そして胸のときめきを思い出しているのだろう。母の瞳がきらり、と光る。

「一瞬で分かったわよね、噂のかっこいい子」

 橘平が葵の事を知っていたのも、学校の女子が彼について話していたからだ。大人の間でも噂になっていたらしい。

「大学卒業後は役場でしょ。もー、わざとお父さんの弁当をカバンに入れないで役場に届けたわよ、何回か」
「ええ、マジで」
「マジマジ!こないだもやった!はー、橘平のおかげで超至近距離で会えちゃったあ。ありがと!」

 鬼の顔がアイドルに恋する乙女に変わる。
 葵への憧れを隠すことなく語る母の姿に驚きながらも、内心複雑でもあった。

「父さんいるのにさ、葵さんにきゃーきゃーしていいの?」
「アイドルよアイドル。別に浮気じゃないんだからさ、いーじゃない。かっこいい人見るのってねえ、きゅんとして心にいいのよ」
「きゅん?とうさん…」
「子供にはいえないこともあるのよ!!」

 いままで葵ファンであることなんて全然気取らせなかった母。といいよりも、橘平が母にそこまで興味がなかっただけかもしれなかった。
 しかしだ。これまでの話からすると、葵は多くの女性から好意の目を向けられている可能性がある。
 彼の外見からすればわかりそうなものを、橘平は考えもしなかった。向日葵にはたくさんのライバルが立ちはだかっている。

「でもさ」

 橘平がライバルのことを考えていると、実花が特大のため息をついた。

「絶対彼女いるよねえ、あんなかっこいい子」
「…いたら何?」
「アイドルに恋の噂が立ったら、ファンはざわつくでしょ…」

 芸能人でもあるまいしと思う息子だが、ルックスだけ見れば全く劣らない。むしろ葵の方が勝っているかもしれなかった。

「あれれ、でもさでもさ、この辺に葵クンに釣り合う人いる?」
「それは」
「いないや!いない!うん、まだ彼は私のアイドルだわ」

 一緒に来ていた向日葵と桜は、葵にとっての「そういう人」には全く見えなかったらしい。
 頑張れ向日葵さん。
 桜の自由とともに、向日葵が多き障害を乗り越えられるようにも願う橘平であった。 
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