第23話 向日葵と葵、会議に出る

文字数 3,657文字

 村の周りに出現するバケモノ「妖物」。
 妖物は人間の知る動物の形をしているが、どこか異常な特徴を持っている。耳がないとか、鼻がないとか、足が異常に太いとか…。
 「なゐ」が封印される以前、妖物たちは全国さまざまな場所に現れ、土地や山を荒らし、人間や動物を殺していた。
 見るも無残なこの世の惨状に、神は人に特殊な力を与えた。それが有術。力を得た人間たちは一丸となり、妖物と対峙した。
 しかし一宮家の先祖により「なゐ」がこの村に封印されると、妖物はこの村以外から姿を消した。村に出現し続けるのは、「なゐ」が封印されている影響ではないか。そう言われている。
 ただ封印後、彼らは急速に弱体化。加えて出現する範囲も山の中ほどに限られているし、ほとんど妖物が現れない場所もある。
 どうも彼ら、「なゐ」が封印されてから村には入ってこられないようである。
 一度だけ、ほんの一時期の間だけ、妖物たちは全盛期のような強さを取り戻したことがあった。
 しかしほどなく治まり、村にはまた平和が訪れたという。

 
 村役場の環境部野生動物対策課では、朝一で会議が行われていた。
 議題は「妖物の強力・凶悪化について」。
 表向きは「野生動物」に対処する課だが、真の目的は村の周り出現するバケモノ「妖物」を駆除するための部署。構成員はすべて一宮、二宮、三宮家、つまり有術を継承する家の人間である。「なゐ」の封印以前は村の多くの人間が有術を使えていたが、封印後、他家はこの3つの家に代々の有術を譲り渡したという。
 その彼らの真の対処物「妖物」。役3か月ほど前から徐々に凶暴性を帯びてきた。
 さらに。

 「気がついてると思うけど、一週間ほど前っていうか今週からさ、アイツら突然強くなったじゃない」と課長の二宮公英が言う。 

 一週間前。橘平たちが小さな神社を破壊した時期と近い。
 妖物の強さや大きさには個体差がある。その辺のネズミと同じくらいで害のないものもいれば、犬、クマ等々、危険レベルはさまざまだった。普段対処しているのは、強くても柴犬程度がせいぜいだった。

「それがいきなり最低でもクマレベルでしょ」

 そんなレベルのバケモノは年に1回出るくらいで、ほとんどが気にするほどのものではなかった。土日に出ても、「月曜に処理すればいいや」で済ますことができるほど。
 実を言えば、今までは本当の「野生動物」対策の方が厄介で面倒だった。農作物を荒らす、通学中の子供と遭遇する…。
 それが今や、奴らの方がより面倒で厄介と来ている。本物の動物たちはなりを潜めている。

「駆除でケガする人増えたし、仕事も増えたし、妖物の出現数や出現頻度も増えたし…やってらんないよね」

 定時を美徳とする課長としては由々しき事態なのであった。ただ夜に出ないことだけが救いである。
 そして、村一の爽やかスマイル、係長の三宮伊吹が説明する。

「妖物の出現が頻発する地域は立ち入り禁止にします。状況を見て禁止地域は判断していきますが、より妖物の出現や被害が拡大するようであれば、山全体の立ち入りを禁止します。この状況で一番恐れているのは、一般村民への被害が拡大することです」

 妖物に与えられた傷は有術でしか治療できないし、駆除することも有術でしかできない。人間の使う武器や向日葵のような打撃は、隙を作るための手段でしかないのだ。

「というわけで、村民への注意喚起も行っていきます」

 村唯一の診療所、三宮診療所には、表向きには医師や看護師として働いている「治癒」の有術者がいる。妖物によってケガを負った場合は、ここへ駆け込むのだ。
 診療所であるから、一般の村人も妖物から被害を受ければここにやっては来るだろうけれど、被害は最小限に抑えたい。何より、妖物、有術、封印に関することすべて、一般人には隠し通さねばならない。
 それはなぜなのか。それは分からない。しかし、誰もそれを「おかしい」とは思わず、遺伝子に組み込まれた使命としてこなしていた。

「次に駆除人員の組み合わせについてです」と、課長代理の三宮桔梗が続ける。

 駆除は基本的に2人1組で行っている。葵のような妖物を消滅させる能力者「攻む」と、向日葵のような補助系の能力者「支ふ」で組むのが基本だ。しかし、業務激増のため、同じく親戚筋であり、有術が使える職員で構成される環境部自然環境課にも頼らざるを得なくなってきた。
 これまでは、その時に空いている人が出動していた。今後は能力の相性、駆除のレベルを考慮して班を固定していけたらと考えているという。

「課長と私でもよく考えますが、各自でも誰と誰が組んだ方が、的確に駆除できるか提案していただけると助かります。それと、サポート要員の増員も考えています。とりあえず、ご家庭の事情や定年でお辞めになった『支ふ』の方、他の職業の方、それが難しい場合は未成年の子も致し方ないと」

 また課長によると、この現象についてはすでにお伝え様に調べてもらっているという。

「円形の森が揺らいでいるらしいんだ。どうやら、森に入れるようになったらしい。話によると、とんでもない妖物がうじゃうじゃいるということで、入らないほうがいいと忠告されたよ。これについて、何でもいい、ささいなことでもいいから、知っていることがあれば教えてほしいな」

 向日葵も葵も、「ささいなこと」を知っていた。
 一週間ほど前の、満開の桜の下での出来事。
 時期からするとあれがきっかけに違いない。まさか普段対処している妖物に影響するとは全く考えていなかった。これは真に、早急に、悪神を消滅させないと大事になるかもしれない。葵と向日葵は事の重大さに焦りと危機感を感じていた。

 課長はさらに焦るような事を発表した。

「あ、休日出勤の増加も覚悟するように。事態が事態だからさ」

 早急に悪神を消滅させないと。

「振り替えられるかは要相談。つーか、おそらく振替無し。これは上が決めたことだからね。ボクじゃないから。しばらく休みないと思って」

 それは健康、精神衛生上よろしくない。

「それにさ、分かってると思うけど、治せるって言っても限界あるからね。ケガしないで。公務災害頻発したら困るからみんな鍛えといてね」

 どんよりとした溜息をつきながら、課員たちはそれぞれの仕事に戻ろうと立ち上がる。

「あ、そうだ!いいニュース!」

 と、課長が皆を引き留める。

「うちの課にさ、一人配属してくれるらしいよ」

 桔梗がメガネをくいとかけ直す。

「誰ですか?」
「それはまだわからん。ま、とりあえず報告だけ」

 課長は誰よりも早く会議室を出ていった。


 午前中の妖物駆除を終え、葵が席に戻ると、課内には向日葵だけ。ちょうど、昼休憩が始まった時間だ。それぞれ、休憩スペースや会議室などで弁当を食べたりしているのだろう。彼女はお伝え様からの調査結果の資料や、誰かからの差し入れのお菓子を各机に配布していた。

「ありがとう」

 実は向日葵と葵、同い年である。しかし、向日葵の方が、こうした役目を押し付けられやすい。
 環境部の中で一番若く、さまざま雑務を任せられやすい立場にあるのは同じ。しかも彼女の方が早く入職しており、職場では葵の先輩にあたるというのに。
 これは課長が二宮の人間のため彼女に頼みやすいのもあるが、有術の能力も理由の一つだ。葵の有術による殺傷能力は課、ひいては一族のなかでも随一。最近は出動頻度が高く、あまり雑務はこなせない。それ以外にも、葵にあまり雑務を押し付けない理由が課長にはあるらしかった。

「いえいえ、ワタクシの仕事でございますから。アニマルを転がすしか能がないもんで」

 彼女のこの態度に、葵は一言いいたくなった。隣の自然環境課を見ると、数人職員がいる。別の場所に向日葵を誘おうとしたとき、課長が飛び込んできた。

「あ、いいところにいた!葵君、ひまちゃん、駆除行ってくれないか?急ぎなんだ。場所は役場のすぐ裏だから」
「私、お昼ご」
「早く!ちょっと強いくらいだと思う!休憩はそれから!」

 お前が行けよ。

 向日葵は心の中で悪態をついたが、それはできないのである。二宮課長の有術は「感知」すること。妖物がどこに出現したか、どの程度の強さかわかる、というもの。課内一の裏方能力者であり、ほぼ現場へ行かない。
 現場のことは全く知らない人間、課長。現場を無視した発言が多く、部下からすると腹立たしいことこの上ないのだが、課長がいないと妖物の被害が防げないのだった。
 二人は作業服に着替え捕獲道具などを持ち、すぐに現場へ向かった。
 葵の「捕獲」道具は日本刀だが、あくまでも「対・野生動物」に見せるため、役場では猟銃用ケースに入れて持ち歩いている。余談だが、彼のほか、獲物を使う課員はこのカモフラージュのため狩猟免許を取得している。実際の野生動物対策業務に大いに役立っている。
 補助が主な役割で有術に獲物を使わない向日葵は、応急処置用具などを入れたリュックを背負った。

 二人は妖物が出現したという役場の裏に急行した。
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