第78話 葵、タケノコを掘らずにゴリラを倒す

文字数 2,422文字

 役場の裏の竹林を会場に、毎年春になると「タケノコ大発掘会」が開催されることは既出の通り。今年もその時期が到来し、本日、美味しいタケノコを食べたい職員たちが、よいしょよいしょと大奮闘している。

 しかし、今年の環境部野生動物対策課の面々にそんな暇はない。昨年までなら午前中から全員が参加できるほど余裕があったというのに、今年の午前の部は課長しか参加できなかった。

 課長は、参加していた。



◇◇◇◇◇



 職員たちがタケノコを掘っている頃、葵と樹は高い木の上から妖物を見降ろしていた。体長5mほどありそうな二匹のゴリラが、のしのしと辺りを歩き回っている。

「ゴリラは初めてだな」

「日本にいるう?野生のゴリラ」

 顔はほとんどのっぺらぼうに近く、パチンコ玉ほどのつぶらな瞳がちょん、とくっついているだけだ。

「ボディビルダー垂涎の上腕二頭筋に胸筋…僕もほしい、じゃなくて、ちょっと殴られただけで骨がくだけちゃいそ!気をつけよ!」

 葵はこれ以上筋肉をつける必要がない樹の上半身を、目の端でちらと見る。

「筋力はありそうだが、俺たちには気付いてないみたいだ」

「気配を感じるのが苦手タイプかしら。おニブちゃんね。こーつごうっ!」

 最近、葵はほとんどの仕事で樹とペアを組まされている。唐揚げが「ああ、これヤバいかも」という妖物にはだいたい、この二人を当てているのだ。「向日葵と組みたい」という進言は反映されず、今日も今日とて、朝から葵は兄の方、樹と駆除に出ている。

 とは言え、葵は昔から樹の事は好きだし、仲も良いので文句はない。これが彼を目の敵にするクズの蓮だったら辛い毎日であったろう。一応、課長も蓮の性格と相性は理解し、葵となるべく組ませないようにしている。

 樹は支援系の能力者の中でもトップクラスの実力を持つ。彼の駆除道具は2mほどの鋼の棒。これで殴り隙を作る事もするが、メインの使い方はもちろん有術だ。彼の有術を纏った棒を妖物の体に押し付けると、しばらく「静止」する。その間に、葵ら日本刀軍団が駆除するというのがお決まりの流れである。

 彼と同じ能力者たちは金属の重量感ある棒を扱うためか、総じて体格に恵まれているが、彼は特別大きな体を持って生まれ、訓練を通してさらに巨大な筋肉を得た。妹も女性にしては背が高いけれど、道具は必要ないし軽い身のこなしを要求される能力のせいか、体はほっそりしている。

 妖物たちは活動範囲が決まっており、基本的にはそう広くない。このゴリラたちもそうだ。加えて、ゴリラたちは規則的な歩行を繰り返していた。

「よし、次にすれ違ったら」

「アオちゃんが左のゴリを斬って、僕が右を静止させる」

「何秒くらい止められそう?」

「うーん、鈍いけど腕力すごそーだから…15秒くらいかな。ってことで、一瞬で倒して超速で僕んとこ来てねっ」

 そう言うと、葵と樹は同時に飛び降りた。

 ゴリラは日本刀があと1mと迫ったところでやっと人間の存在に気づく。立ち上がったと同時に葵の刃が首に入った。葵はゴリラの首と胴体を切り離し、足を地に着けたと同時に全速力で走り始め、樹が静止させているゴリラに向かう。

 樹は中途半端に立ち上がったゴリラの腹に棒を入れ、「9、10、11、12、13…」カウントしていた。

 静止限界まであと数秒というところで葵がゴリラの背後に肉薄した。日本刀が、ゴリラの頭から尻まで、縦に真っ二つにした。

「わー、あおちん間に合ったー!」

 どろどろ溶けていくゴリラを前に、樹は棒を天に振り上げて喜んだ。

「あぶな!」

「あらごめんちゃい」

 村1番の長身で迫力ある身体が、向日葵そっくりの笑顔を浮かべて葵の隣に並ぶ。

「あー、終わったねぇ!午後からタケノコ掘れるかなあ。奥さんにもお母さんにもさ、今年も持ってきてほしいって言われてるの。お化けちゃんたち、もう今日はでないといいのになぁ~」

 樹は長い棒を持ちながらスキップする。後ろに人がいないからいいものの、いたら事件になっているだろう。

 お昼ご飯の歌(作詞作曲 樹)を歌い始めた彼を横目に、葵はお昼ご飯ではないことを考えていた。

 葵は今日、樹に「あの事」について探りを入れてみようと決めていた。

 向日葵の飲酒理由だ。

 日曜は結局、向日葵に逃げられてしまった。電話もメッセージも無視されることは分かっているのでしていない。

 今日の出社時に葵が向日葵に挨拶すると、睨まれ、少し近づいただけでさっと避けられた。このままだと、またしばらく無視されてしまう。葵はどうしても回避したかった。

 話したい事が話せて、聞きたいことが聞けて、そしてお互いの事情も全部知っている。向日葵に甘えているのは自覚しているけれど、葵が心を許せる相手は彼女しかいない。情けない部分ばかりの彼もひっくるめて、すべて受け入れてきてくれた。桜も葵の家庭や個人的な事情等、深いところまで知っている一人ではある。けれど、彼女は守る人であり、妹のような存在だ。

 前回の無視、お姫様抱っこ事件は葵が原因だった。今回も葵から逃げているということは、自分がらみかもしれない。謝れるなら謝りたいし、それに、もし誰にも言えないような悩みがあるなら、解決できるかは分からなくとも、葵は彼女に寄り添ってあげたかった。甘えている分、できることはなんでもしたい。下戸が酒に手を出すなんて、よっぽど精神が不安定に陥ったのではないかと推測していた。

 樹が知るはずはないだろうとは思いつつも、彼は妻のよう子とともに二宮本家にて親と同居、向日葵は同じ敷地内の離れに住んでいる。一応、同じ敷地内にはいるので、何かしら変化があれば感じているだろうと睨んだ。

「なあ樹ちゃん」

「はあい?」

「こないだ、ひま」

「あああああそうそう!アオちゃん!」

 葵が質問しようとすると、その100倍の声量で樹がかぶせてきた。葵の声は消滅してしまった。

「〈舎弟のきっぺい〉って知ってる?!」

「はあ?舎弟のきっぺい?」
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