第47話 橘平と桜、美味しい唐揚げを作る
文字数 2,222文字
桜によると、残りの本もほとんどは日記のようなものだったそうだ。
解読を進めてわかったことは、まもりが無理矢理、一宮家に連れていかれたらしいということ。
家系図には嫁いだとされているが、実際は強制連行のようだ。本家として体裁が悪いから、そう記しているのではないか。というのが桜と葵の見立てだ。
連行された理由は分からないが、この後、村中からの借金は帳消しされ、さらに多額の金子までも得ている。この帳消しによって、今も八神家が存続できているらしい。
「なんでまもりさん、無理矢理つれてかれちゃったのかなあ。晩年はうちに帰ってきたみたいだけど」
「気になるよね。これが分かったら、前にすすめそうな気がするんだけど」
すると、ガシャンと玄関が開く音がした。引き戸のガラスが割れるほどの、すさまじい音だった。
「ええ、何々??アオよね?」
向日葵がバタバタと玄関に向かう。
橘平と桜は玄関の方を窺いながら、
「随分すんごい音だったけど…」
「戸が固かったのかな?それで思い切り押したら、勢いよく開いちゃったとか」
「あーなるほどねー」
などと雑談していると、玄関の方から、バシン、と家中に響く音が聞こえてきた。
まるで何かをきつく叩いたような音だ。
「え!?ちょ、次は何なんすか!?」
驚いて橘平が玄関のほうへ大声で呼びかけ立ち上がると、「来るな!」と向日葵の怒声が聞こえた。
永遠のような数分、いや10分か20分か…。その時間ののち、向日葵が居間に帰って来た。
「葵さんは…」
「顔洗ったら来るよ」
あの音は何だったのか気になるが、聞いてはいけない気がした橘平だった。
しばらくして葵が部屋にやってきた。明らかに怒っている顔だ。
葵は普段、感情をそこまで露にするほうではない。ここまで明らかに感情を発しているということは、何かあったに違いない。
そして、左頬が若干赤い。
「葵兄さん、あの、大丈夫?何かあったの」
「別に」
「別にじゃない!ちゃんと説明しろ!顔に出すぎ!」
向日葵に怒られ、彼はしぶしぶ、滔々と理由を語り始めた。
「久しぶりに会った腐った青葉が相変わらず腐ってて腐った話聞かされて耳が腐って心も腐って乗られた車もきっと腐ったなんっっであんなに腐ってんだマジで腐ってる義姉になる人が不憫すぎる可哀そうだ彼女も腐ってしまう」
3人は呪いの言葉を聞いているようだった。
桜が葵の兄の話だと橘平に耳打ちする。向日葵は兄を嫌いと聞いていたが、こちらもだったらしい。
「葵さんもお兄さんと仲悪いんすか…」
「悪くない。悪くなる仲がない」
「青葉さん、そういえば帰ってくるって聞いてた。うーん、私たちには良い人なんだけど、葵兄さんとは気が合わないのよね」
葵は機嫌が悪い。向日葵は葵に怒っている様子。桜はさあどうしたものか、と考えている風。
そして時間は昼。この状況を変えるにはこれしかないと、橘平はすたっと立ち上がり、
「向日葵さん!唐揚げ作りましょう!!」
できる限り元気に聞こえる声で宣言した。
ほらほら、と橘平は向日葵を台所へ促す。桜もそれに乗って、台所へ向かった。
去り際、料理の先生はむかむかしている青年に「頭冷やしといてね。ご飯は美味しく食べたいんだから」と声をかけた。
◇◇◇◇◇
台所へやってくると、向日葵は早速てきぱきと指示した。
「さっちゃん、冷蔵庫からお肉だして」
「はい」
「きっぺー、油」
「はい、油どこだ~」
そして向日葵はフライパンを持ち、「ここには揚げ物鍋がないので…フライパンで揚げちゃいます!」コンロにフライパンを置いた。
「橘平、フライパンに油入れて」
「は、はい」
橘平は油を注ぎ火を点けた。ある程度温まって来たところで、菜箸を入れて気泡が浮いてくるか確認する。
揚げ頃の温度になった。桜は鶏肉に片栗粉をまぶし、フライパンに静かに入れた。しゅわしゅわと、鶏肉は唐揚げに変身していく。
「うんうん、良い感じだね。もう大丈夫かな。ちょっと出してさ、切って中身確認してみ」
橘平が取り出した鶏肉を、桜があちちと言いながら、包丁で切った。肉汁があふれ、ショウガとニンニクの利いたスパイシーな匂いが台所に広がる。
「火、通ってるね。次は桜ちゃん揚げて。ちょっとアレの様子見てくるから、あとは二人にまかせる」と、先生は生徒たちに揚げをまかせた。
葵の機嫌が戻ってるといいなと二人は願いつつも、口には出さず、目の前の唐揚げに心を向けた。
「そろそろひっくり返すね」
「うん…おお、いい色。これは絶対美味しいやつ」
「調理実習は好きじゃないけど、今はすっごく楽しいな」
「俺も。友達と料理すんのって楽しい」
「橘平さんに出会ってから、初めての事ばかりな気がする。そもそも、友達ができたのも初めてだもん」
これまで友達を作れなかった理由はいろいろあるのだろう。初めての友人として、橘平はできることなら何でもしてあげたいと思い始めた。
橘平には優真のほか、仲の良い友人はほどほどにいる。そのおかげで学校も楽しく過ごせているのだ。でも「友達として、できることをしたい」と、友人たちにそういった思いを抱いて、実際に動いたことはあっただろうか。楽しく過ごせる相手が友人なのか、何でもしてあげたいと思える相手が友人なのか。
友達とは何か。
しゅわしゅわ揚がっていく唐揚げをみながら、橘平は自分なりの定義を見出そうとした。
向日葵は柱の陰から、ちらっと居間を覗く。座ってうつむく葵の姿があった。
解読を進めてわかったことは、まもりが無理矢理、一宮家に連れていかれたらしいということ。
家系図には嫁いだとされているが、実際は強制連行のようだ。本家として体裁が悪いから、そう記しているのではないか。というのが桜と葵の見立てだ。
連行された理由は分からないが、この後、村中からの借金は帳消しされ、さらに多額の金子までも得ている。この帳消しによって、今も八神家が存続できているらしい。
「なんでまもりさん、無理矢理つれてかれちゃったのかなあ。晩年はうちに帰ってきたみたいだけど」
「気になるよね。これが分かったら、前にすすめそうな気がするんだけど」
すると、ガシャンと玄関が開く音がした。引き戸のガラスが割れるほどの、すさまじい音だった。
「ええ、何々??アオよね?」
向日葵がバタバタと玄関に向かう。
橘平と桜は玄関の方を窺いながら、
「随分すんごい音だったけど…」
「戸が固かったのかな?それで思い切り押したら、勢いよく開いちゃったとか」
「あーなるほどねー」
などと雑談していると、玄関の方から、バシン、と家中に響く音が聞こえてきた。
まるで何かをきつく叩いたような音だ。
「え!?ちょ、次は何なんすか!?」
驚いて橘平が玄関のほうへ大声で呼びかけ立ち上がると、「来るな!」と向日葵の怒声が聞こえた。
永遠のような数分、いや10分か20分か…。その時間ののち、向日葵が居間に帰って来た。
「葵さんは…」
「顔洗ったら来るよ」
あの音は何だったのか気になるが、聞いてはいけない気がした橘平だった。
しばらくして葵が部屋にやってきた。明らかに怒っている顔だ。
葵は普段、感情をそこまで露にするほうではない。ここまで明らかに感情を発しているということは、何かあったに違いない。
そして、左頬が若干赤い。
「葵兄さん、あの、大丈夫?何かあったの」
「別に」
「別にじゃない!ちゃんと説明しろ!顔に出すぎ!」
向日葵に怒られ、彼はしぶしぶ、滔々と理由を語り始めた。
「久しぶりに会った腐った青葉が相変わらず腐ってて腐った話聞かされて耳が腐って心も腐って乗られた車もきっと腐ったなんっっであんなに腐ってんだマジで腐ってる義姉になる人が不憫すぎる可哀そうだ彼女も腐ってしまう」
3人は呪いの言葉を聞いているようだった。
桜が葵の兄の話だと橘平に耳打ちする。向日葵は兄を嫌いと聞いていたが、こちらもだったらしい。
「葵さんもお兄さんと仲悪いんすか…」
「悪くない。悪くなる仲がない」
「青葉さん、そういえば帰ってくるって聞いてた。うーん、私たちには良い人なんだけど、葵兄さんとは気が合わないのよね」
葵は機嫌が悪い。向日葵は葵に怒っている様子。桜はさあどうしたものか、と考えている風。
そして時間は昼。この状況を変えるにはこれしかないと、橘平はすたっと立ち上がり、
「向日葵さん!唐揚げ作りましょう!!」
できる限り元気に聞こえる声で宣言した。
ほらほら、と橘平は向日葵を台所へ促す。桜もそれに乗って、台所へ向かった。
去り際、料理の先生はむかむかしている青年に「頭冷やしといてね。ご飯は美味しく食べたいんだから」と声をかけた。
◇◇◇◇◇
台所へやってくると、向日葵は早速てきぱきと指示した。
「さっちゃん、冷蔵庫からお肉だして」
「はい」
「きっぺー、油」
「はい、油どこだ~」
そして向日葵はフライパンを持ち、「ここには揚げ物鍋がないので…フライパンで揚げちゃいます!」コンロにフライパンを置いた。
「橘平、フライパンに油入れて」
「は、はい」
橘平は油を注ぎ火を点けた。ある程度温まって来たところで、菜箸を入れて気泡が浮いてくるか確認する。
揚げ頃の温度になった。桜は鶏肉に片栗粉をまぶし、フライパンに静かに入れた。しゅわしゅわと、鶏肉は唐揚げに変身していく。
「うんうん、良い感じだね。もう大丈夫かな。ちょっと出してさ、切って中身確認してみ」
橘平が取り出した鶏肉を、桜があちちと言いながら、包丁で切った。肉汁があふれ、ショウガとニンニクの利いたスパイシーな匂いが台所に広がる。
「火、通ってるね。次は桜ちゃん揚げて。ちょっとアレの様子見てくるから、あとは二人にまかせる」と、先生は生徒たちに揚げをまかせた。
葵の機嫌が戻ってるといいなと二人は願いつつも、口には出さず、目の前の唐揚げに心を向けた。
「そろそろひっくり返すね」
「うん…おお、いい色。これは絶対美味しいやつ」
「調理実習は好きじゃないけど、今はすっごく楽しいな」
「俺も。友達と料理すんのって楽しい」
「橘平さんに出会ってから、初めての事ばかりな気がする。そもそも、友達ができたのも初めてだもん」
これまで友達を作れなかった理由はいろいろあるのだろう。初めての友人として、橘平はできることなら何でもしてあげたいと思い始めた。
橘平には優真のほか、仲の良い友人はほどほどにいる。そのおかげで学校も楽しく過ごせているのだ。でも「友達として、できることをしたい」と、友人たちにそういった思いを抱いて、実際に動いたことはあっただろうか。楽しく過ごせる相手が友人なのか、何でもしてあげたいと思える相手が友人なのか。
友達とは何か。
しゅわしゅわ揚がっていく唐揚げをみながら、橘平は自分なりの定義を見出そうとした。
向日葵は柱の陰から、ちらっと居間を覗く。座ってうつむく葵の姿があった。