第60話 向日葵、一人で古民家へ行く

文字数 1,570文字

「なんですか~」

「手出して」幸次は向日葵の手のひらに、小さな紙袋を載せた。紙袋の表には「アオイ」のイラストが、裏面にはお守りが描かれている。

 さっき橘平がこそこそ何か描いていたのはこれだったのか。向日葵は帰り際の光景を振り返る。

「これ葵君に。いらないかなあと思ったけど、せっかくだからお土産に。俺からもらっても嬉しくないと思うから、君からさ」

「え~嬉しいと思いますけど?呼んできますよ」

「いやいや、向日葵ちゃんから」

「…分かりました。あとで渡しときます。じゃあ、今日はありがとうございました!また職場で~」

「うん、またね」

 幸次はひらひらと、向日葵に手を振った。

「さっちゃん」

 向日葵はたたた、と小走りで、バイクに乗ろうとする桜に駆け寄る。

「アクセサリーの入った袋、しばらく持っててみて」

 桜がバイクに乗り出発しようとしたところを、向日葵が引き留めた。

「え?なんで?」

「橘平ちゃんの描いたお守りは『よく効く』はずだから。あ、一回しか効かないっぽいけど」

 桜は目をぱちぱちしていたが「わかった」と頷き、先に道路へでていた葵とともに帰っていった。

◇◇◇◇◇

 古民家に帰って来た葵は、上着と靴下を脱ぎ、ソファで考え事をしていた。

 先ほどの、八神家の手先の器用さを思い出す。

 素人とかプロとか、そういうレベルとは思えない作品の数々…あれが橘平の「使える」有術に関係しているのだろうか。

 素晴らしいものが作れる、などという有術は聞いたことがない。そもそも、妖物を駆除するための能力であり、何かが作れることが駆除に役立つのか疑問である。

 作れると言えば、能力者たちの日本刀などの武器だろうか。そう考えたが、各家に伝わる武器類は、一宮家から賜ったものと聞いていた。

 何もヒントが出てこない中、がら、っと玄関の開く音がした。

「無遠慮に開けるなんて泥棒か?それともお父さんか、もしや青葉……」

 鍵をかけ忘れたことに気付き、葵は誰が来たのか注意しながら玄関に向かう。

 すると、そこに居たのは向日葵だった。左肩にトートバックを掛けている。

「あれ、桜さんもいるの?」

「ううん、私一人」

 彼女は絶対、一人でこの古民家に来ることはなかった。ひどく珍しいことだった。

「これ渡しに来た。きっぺーパパがね、私から渡してって」

 向日葵はアオイが描かれた小袋を手渡す。しっかりと葵の目を見て「お土産だって。この袋の裏にさ、きっちゃんが描いたお守りが書いてあるでしょ。アオもこの袋、しばらく持っててみて。多分、いや必ず効果あると思うのよ」

 葵は八神のお守りの図柄を見つめた。

 先日、トラが向日葵の頭上で一瞬止まってみえた。この模様には相手を静止させる、もしくは一定範囲内に踏み込ませないような効果があるのではないか。葵はそう推測していた。向日葵との「仲直り」はあくまで己の意志であり、能力は関係ないと確信している。

「…仕事で使ってみるか」

「兄貴とかにばれないよーに。こっそりだよ」

「分かってる。わざわざありがとう」

 それで向日葵は帰るだろうと思った。

 予想に反して、向日葵は家に上がり、「夕飯を作ってから帰るよん」とすたすた台所へ向かっていった。

「え」

 誰も見ていないところでさえ距離を取ってきた彼女が、2人きりの場所で夕飯を作ってくれるという。

 仕事と桜が関係していること以外、つまりプライベートで2人になったのは――菊が亡くなって以来。二人が高校生の頃である。

 夢でも見ているのだろうか。葵は向日葵の行動が信じられなかった。

 向日葵は夕暮れ色に染まる台所の電気をつけ、テーブルの上にトートバックを置いた。

「なに作作るんだ?」

「卵かけごはん~」

「なんだよそれ、俺でも作れる」

 トートバックから、向日葵はスーパーで調達した食材を取り出す。

 ウインナー、ピーマン、玉ねぎ、そして-。
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