第59話 橘平、父が大泣きするのを初めて見る

文字数 1,125文字

「父さんはさ、そのお守りについてなんて聞いてる?じいちゃんとかから」

 黒縁眼鏡の奥の穏やかな瞳が、ほんの少し厳しく光る。

 橘平は父に微かな違和感を持ったが、幸次はすぐにいつもの優しい紳士の顔に戻った。

「ん?事故が起きないとか、成績あがるとか、あと悪いお化けから身を守れるって聞いてるけど」

 悪いお化け。それは悪霊「なゐ」や妖物のことではないだろうか。一同は同じことを考えていた。

「ほ、他には。あとその」

 橘平は唾を一度飲み込み「まもりさん、とか」彼女について聞いてみた。

「まもりさんねえ、かわいそうな人としか。すっごい手先が器用だったとか。そんなもんだよ。なんで?」

「あ、いや、じいちゃんがなんか話してたなあって。ちょっと気になっただけ」

「あ、そ」

 幸次はそこで息子との会話を終わりにし、「桜ちゃんはどれがいいかな?」

「では…これ」

「一つでいいの?」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」 といくつかアクセサリーを選び、幸次ブランドのロゴを付けてもらった。

「裸で持ってくのはあれだからさ、袋持ってくるね」

 幸次は一旦、部屋を出る。

 小さい紙袋を手に戻り、「橘平、なんか絵でも描いて、ここにアクセサリーいれてあげて。あと、俺のブランドロゴも入れてね」

 へいへい、と橘平はサインペンの細字の方で、小さな袋の表にそれぞれ「さくら」と「ひまわり」のイラストを描いていく。その鮮やかな手腕と迷いない筆運びに、3人はくぎ付けになった。まるで本物の花が、その袋に映されたようだった。

 そして袋の裏面には、八神のお守りも添えて。「桜さんは来週も学校がめっちゃ楽しいように、向日葵さんは安全に仕事ができますように」そう唱えながら橘平は模様を描いた。

 橘平からアクセサリーの入った小袋を受け取った桜は「こんなに素晴らしいものをいただけて、とても嬉しいです!」あらん限りの感謝とアクセサリー以上のきらぴかオーラを幸次に送った。

 この純粋な喜びは幸次の心に沁み込み、さらに涙腺も破壊した。彼の目から大粒の涙が滝のように流れだす。

 みな驚いたが、中でも父親の大泣き姿を初めて見た橘平は3人よりもびっくりしていた。

「父さん!?ど、どうした!?」

「こ、こんなに喜んでもらえ、ぶえええ。良い娘さんだああああ」

 そこへばっちりヘアメイクした母親の実花が、お茶とお菓子を持って息子の部屋に現れた。

「あおい、じゃなくて、みなさま~お茶…お父さん!?」

 もちろん、実花もこの状況に仰天し「何、なんで泣いてるの、涙でメガネ溶けるんじゃないの!?」と混乱した。


◇◇◇◇◇

 
 幸次の感動も収まり、3人は「そろそろお暇しますね~」と帰宅することにした。

 それぞれが玄関を出ると、幸次が向日葵だけを呼んだ。
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