第75話 橘平、勘ぐる
文字数 1,567文字
「な、何があったんだ、はあ、酒っておかしいだろっ、弱いのに!」
「なんもないよー!」
「じゃあなんで、はあ、はっ、にげる!んだ!」
ピンク軽に辿り着き、エンジンを入れると電話が鳴った。最近は現場ですぐ連絡を取れるよう、向日葵はスマホの着信音を出している。相手は〈さくらちゃん〉だ。
今すぐ役場を出たいが、桜は今日、八神家に訪問している。急ぎの報告があるかもしれないと向日葵は電話にでた。
『ひま姉さん?まだ役場にいる?』
「はあ、え?こ、これから、帰るところ、はあはあ」
『息切れしてるけど、今日そんなに大変だったの?』
「は、ああ、ううん、暇すぎて、は、走ってただけだからさ!」
桜と会話するうちに、葵が追い付いてしまった。運転席のドアハンドルに手をかけているが、向日葵が電話をしているので我慢しているようだ。
『葵兄さんも近くにいる?』
向日葵はちらとガラス越しのソイツを見る。
「…いるけど。どうしたの?きっぺーちゃんちで何か収穫あった?」
『うん。葵兄さんにも聞いて欲しいからからスピーカーにして』
そう言われ、向日葵はしぶしぶ、窓を開けてスピーカー通話に切り替えた。
「さっちゃん、スピーカーにしたよ」
『葵兄さん、聞こえる?』
「桜さん?」
『あのね、おじい様の家に神社があったの!森で見つけたのとそっくりで。もしかしたらあの小さな神社って、八神家の人が作って、一宮と八神で悪神を封印したんじゃないかなあって。まだ確信はないけど。あとね、まもりさんが描いたっていう女性の絵もあったんだけど、おじいさんが私に似てるっていうのね。あ、さっきの神社ね、さらに鳥居なんかも付いてたんだけど、位置が変なの。あー、まとまらない!電話じゃあれだから、また今度会った時にいろいろ話そう。じゃあ今日はこれで』
桜は一方的にばーっと伝え、ぶつと通話を切った。向日葵は電話を持ったまま、桜が息つく間もなく一気に話したことを反芻した。
葵も何か考えている様子だ。
その隙に向日葵は車を発進させた。
「あ!!向日葵ー!!」
◇◇◇◇◇
結局この日、桜はプラモデルの箱すら開けずに終わった。お喋りし過ぎてしまい、あっという間に夕方になってしまった。
とりあえず、残った時間で簡単に道具の説明をし、組み立ては次回に持ち越しになった。
「ごめん、プラモ作れなかったね」
橘平は玄関の扉を抑え、桜を通す。
「ううん、お話すっごく楽しかった!作品について深く語るって楽しいのね。ひま姉さんとも今度語ろうかな、クラシカ」
「向日葵さんも観てたんだ」
「そもそも、ひま姉さんが熱心に観てたから、私も見始めたの。そしたら予想以上に面白くてはまっちゃった」
「あのアニメ、老若男女問わず人気があったからなあ」
橘平が赤く染まりつつある空を眺めて言うと、「それだけじゃなくてね」と桜がバイクのヘルメットを被りながら付け加えた。
「主人公、葵兄さんに似てるでしょ」
橘平は主人公のイラストを頭に浮かべた。確かに二枚目具合、特に目のあたりの雰囲気が似ている。
向日葵が熱心に見ていたのは、主人公のロベルトと葵を重ね、結ばれなさそうで結ばれて結ばれないヒロインを自身に投影しているのだろうか。
そう勘ぐった橘平であったが、その考えをすぐに打ち消す。クラシカ・ハルモニはストーリーが抜群に面白く、作画も緻密で美しかった。放映当時は日本中で大人気、例にもれず、向日葵もその一人であっただけだと。
「じゃあ、また来るね」
桜はバイクにまたがった。
「うん。あ、春休みだね」
「そうだ春休みだ!」
二人とも「遊びたい」と言いたいところだけれど、言えないのが現状だ。
「少しでも『なゐ』に近づこう、桜さん。春休みだからいつもより、ちょっとだけ、時間あるよ」
「うん」
まぶしい夕陽を背に、桜は淡いほほえみを浮かべて八神家を去っていった。
「なんもないよー!」
「じゃあなんで、はあ、はっ、にげる!んだ!」
ピンク軽に辿り着き、エンジンを入れると電話が鳴った。最近は現場ですぐ連絡を取れるよう、向日葵はスマホの着信音を出している。相手は〈さくらちゃん〉だ。
今すぐ役場を出たいが、桜は今日、八神家に訪問している。急ぎの報告があるかもしれないと向日葵は電話にでた。
『ひま姉さん?まだ役場にいる?』
「はあ、え?こ、これから、帰るところ、はあはあ」
『息切れしてるけど、今日そんなに大変だったの?』
「は、ああ、ううん、暇すぎて、は、走ってただけだからさ!」
桜と会話するうちに、葵が追い付いてしまった。運転席のドアハンドルに手をかけているが、向日葵が電話をしているので我慢しているようだ。
『葵兄さんも近くにいる?』
向日葵はちらとガラス越しのソイツを見る。
「…いるけど。どうしたの?きっぺーちゃんちで何か収穫あった?」
『うん。葵兄さんにも聞いて欲しいからからスピーカーにして』
そう言われ、向日葵はしぶしぶ、窓を開けてスピーカー通話に切り替えた。
「さっちゃん、スピーカーにしたよ」
『葵兄さん、聞こえる?』
「桜さん?」
『あのね、おじい様の家に神社があったの!森で見つけたのとそっくりで。もしかしたらあの小さな神社って、八神家の人が作って、一宮と八神で悪神を封印したんじゃないかなあって。まだ確信はないけど。あとね、まもりさんが描いたっていう女性の絵もあったんだけど、おじいさんが私に似てるっていうのね。あ、さっきの神社ね、さらに鳥居なんかも付いてたんだけど、位置が変なの。あー、まとまらない!電話じゃあれだから、また今度会った時にいろいろ話そう。じゃあ今日はこれで』
桜は一方的にばーっと伝え、ぶつと通話を切った。向日葵は電話を持ったまま、桜が息つく間もなく一気に話したことを反芻した。
葵も何か考えている様子だ。
その隙に向日葵は車を発進させた。
「あ!!向日葵ー!!」
◇◇◇◇◇
結局この日、桜はプラモデルの箱すら開けずに終わった。お喋りし過ぎてしまい、あっという間に夕方になってしまった。
とりあえず、残った時間で簡単に道具の説明をし、組み立ては次回に持ち越しになった。
「ごめん、プラモ作れなかったね」
橘平は玄関の扉を抑え、桜を通す。
「ううん、お話すっごく楽しかった!作品について深く語るって楽しいのね。ひま姉さんとも今度語ろうかな、クラシカ」
「向日葵さんも観てたんだ」
「そもそも、ひま姉さんが熱心に観てたから、私も見始めたの。そしたら予想以上に面白くてはまっちゃった」
「あのアニメ、老若男女問わず人気があったからなあ」
橘平が赤く染まりつつある空を眺めて言うと、「それだけじゃなくてね」と桜がバイクのヘルメットを被りながら付け加えた。
「主人公、葵兄さんに似てるでしょ」
橘平は主人公のイラストを頭に浮かべた。確かに二枚目具合、特に目のあたりの雰囲気が似ている。
向日葵が熱心に見ていたのは、主人公のロベルトと葵を重ね、結ばれなさそうで結ばれて結ばれないヒロインを自身に投影しているのだろうか。
そう勘ぐった橘平であったが、その考えをすぐに打ち消す。クラシカ・ハルモニはストーリーが抜群に面白く、作画も緻密で美しかった。放映当時は日本中で大人気、例にもれず、向日葵もその一人であっただけだと。
「じゃあ、また来るね」
桜はバイクにまたがった。
「うん。あ、春休みだね」
「そうだ春休みだ!」
二人とも「遊びたい」と言いたいところだけれど、言えないのが現状だ。
「少しでも『なゐ』に近づこう、桜さん。春休みだからいつもより、ちょっとだけ、時間あるよ」
「うん」
まぶしい夕陽を背に、桜は淡いほほえみを浮かべて八神家を去っていった。