第67話 桜、怒鳴る

文字数 1,626文字

 妹はいつから居たのか、電話の内容を聞いていたのだろうか。

「おでんわしてたね」

「う、うん、そうだね、お電話してたよ」

「めずらしい」

「そんなことないよ、電話くらいするよ」

「だれ?」

「友達」

「きっぺーだれ?」

 しっかりと、電話相手の名前を聞いていた。桜の心臓は激しく動く。痛む幻覚を持つほどに。

 桜の小さなミスで、橘平に危険が及んだら大変なことになる。強い恐れを感じた。

「ちがうよ、朋子ちゃん。朋子ちゃんと」

 桜はクッションを投げ出し、椿に向き合った。

「きっぺーって言ってたよ」

「と・も・こ。朋子ちゃん」

「ちがう、なんでうそつくの」

 言いくるめられてくれない妹に、桜は苛立ちが隠せなくなってきた。椿の腕を指の跡が付くほどに強く掴み「朋子ちゃんって言ってるでしょ!!」と怒鳴った。

 叱られた椿の目に、徐々に涙がたまる。

 桜は焦った。大声で泣かれれば、きっと母がやってくる。なぜ泣いているのか問われるだろう。まだ小さい椿は、そのまま、電話の事を話してしまう恐れがあった。

「ご、ごめんね!ごめん、お姉ちゃんが悪かったね。つ、椿は、何しに来たの~?」

 急いで椿をなだめる方向に転換した。

「あ、あそ、あそびたいから…」

「うん、わ、わかった!遊ぼう!何したい?」

 椿は顔をくしゃとさせ、ひくひくと肩を震わせる。

 桜は妹を抱きしめ背中をさする。

「泣かないで、泣かないでね。お姉ちゃんが悪かったの。落ち着いてね」

 妹をなだめるとき、桜は無意識に向日葵がするようなことをなぞっている。向日葵は彼女が落ち込んだり泣いたりすると、よく抱きしめて背中をさすってくれたのだ。母よりも身近な女性なのだ。

 椿の様子が和らいできたところで、桜は抱きしめていた手を離し、椿に座るよう促す。椿は素直に畳の上に正座した。桜も合わせて正座する。

「遊んであげるからさ、一つ、お願い聞いてくれないかな?」

「いいよ」

「私が橘平っていう人と電話してたこと、お父さんにもお母さんにもおじいちゃんにも、神社の人にもお守りの子にも、とにかく絶対、誰にも言わないでくれる?」

 桜は念のため、椿に約束させようとする。

 幼い子供にこの内容と意味が理解できるのか、約束をして効力があるのかは不明だ。けれども、何もしないよりはマシだろうと思った。橘平のことを隠し通すために、今思いつく限りのことはやらねばならない。

「ないしょ、するの?」

「そう、内緒にするの」

「なんで?」

「お姉ちゃんがその人と話したことが誰かに、特にお父さんやおじいちゃんにばれたら、そうだな、私、家を追い出されるかもしれない」

「え!?やだ!!」

「イヤでしょ?それにぶたれたり蹴られたりもするかも」

 妹が怖がりそうに、多少大げさに話す桜。大げさとはいうものの、本当に橘平と親しいことが発覚したら、桜はもっとひどい折檻がありそうだと感じている。そして、橘平にはいったいどんなことが待っているのか。想像もつかなかった。

 椿は桜の膝に両手を載せ、スカートをくしゃっと掴む。

「おねえちゃんかわいそう!!」

「そう、可哀そうなの。だからお願い、言わないでね」

「うん。ぜったいいわない」

「約束」

「やくそく!」

 桜は自身の小指を椿の小指に絡ませ、指切りをした。

 機嫌が直った椿は、桜のひざにごろんと頭を載せる。

「ねえ、きっぺー、ともだち?」

「…まあ」

「おねえちゃんのおともだちなら、つばきとあそんでくれるの?」

「友達とか関係ないと思うけど、優しいから遊んでくれるかもね」

「ふーん」

 椿はぱっと立ち上がり「ねえ、はやくあっちであそぼ」小さな手で桜の指をぎゅっと握り、遊び部屋に行こうと引っ張った。

 桜は引っ張られるまま、部屋を出た。歩きながら、反対の手に持ったスマホで素早く橘平にメッセージを送った。

 

〈いきなり電話切ってごめんね。妹が部屋に入ってきちゃった〉

〈あー、そうなんだ。そりゃしょうがないね。じゃ、また〉

 本当にどこまでも優しい橘平。甘えてしまう桜なのであった。
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