第36話 橘平、土下座する
文字数 1,403文字
橘平は台所に連れ込まれ、そこで腕を解放された。
解放と同時に土下座し、小声で「ああ、さっきはほんとごめんなさいごめんなさい」と平謝りした。
「ちょっとやめてよ、土下座って。顔上げて、立ってよ!」
向日葵は橘平の肩と腕をつかみ、立つように促す。
「痛い!!」
「ああ、ごめんごめん…」とっさに橘平から手を離す。
少年は恐る恐る顔を上げる。
向日葵はまだ恥ずかしそうな顔だが、橘平の耳元でささやいた。
「効いた…と思う。変な効き方な気もするけど」
「へ、変? 大丈夫なんですか、変って」
「大丈夫だよ、変だけど」
「変でも、その…仲直りできたんですよね、葵さんと」
「仲直りっていうか、まあ、ふ」
向日葵は「普通に戻った」、そう言おうとした。
けれど、橘平の術中にはまり、彼女の保ってきた「普通」を壊されたのである。普通ではないかもしれない。向日葵は別の言葉に置き換えた。
「大丈夫、無視はしてないから。安心して」
その言葉に橘平はほっとした。
「良かった。お役に立てて!」
橘平のせいで、彼女の心は夏の台風のようにかき乱された。それを知らない少年は「あーほんと良かったあ」と心から安心しきった、緩んだ顔をしている。
葵の行動が仲直りにあたるのか、これから彼とどう向き合っていくべきなのか。距離感をまた戻せるのか。
真剣に悩んでいる向日葵は、橘平の頬をつねる。
「いって!」
「きっぺー、ヤカンに水」
「はい。へへへ」
「なに笑ってんのよ!!」
「笑顔は世界を救うんすよ」
橘平は彼女の手を握ってそういうと、立ち上がってヤカンを手に取り、水を入れ始めた。
作り物ではない、自然な笑顔。これまで外の顔を作り続けてきた向日葵には羨ましいもの。自分にはないものだと思っている向日葵だが、彼の笑顔に触れると、彼女も自然な笑顔になっているのだった。
自然な笑顔のまま、向日葵は茶箪笥から茶筒を取り出す。
葵との距離感、戻す必要もないのでは。そう思い始めていた。
◇◇◇◇◇
夜も更け、「高校生はそろそろ帰れ」と古民家の住人から指令が下った。古文書の残りは明日以降、葵が順次読んでいくということだ。
「じゃあ、私、明日も来るね」
「いいよ桜さん、俺一人で」
「メモしたいこともあるし!」
「…わかった」
自分の知らないところで、親友が他の友達と仲良くしている。
あの気持ちが橘平の心に再来した。橘平も「明日来る」と言いたいが、文字が読めない。役立たずゆえに、そんな発言はできなかった。
「そかそか。じゃあ二人は明日も頑張ってねん」
向日葵が手を振り帰ろうとすると、「夕飯作りたかったら来ていいぞ」葵がそう呼びかけた。
「はあ?専属の飯炊き係かっつーの!明日は躰道のせんせーだから来れませんよ!」
その言葉に、橘平は自分でもびっくりするくらい、大きな声で、一も二もなく反応していた。
「それ、何時からっすか!?」
突然の橘平の大声に、3人はびっくりした。
「それってつまり、きっちゃん、躰道のお稽古来るってコト?」
「はい!と、とりあえず体験?見学?行ってもいいですか?」
「もっちろん!」
向日葵はぎゅううっと橘平を抱きしめた。
葵と桜を守る仲間が増えて嬉しい。その気持ちに向日葵は気づいていないけれど、心では感じていたのだった。
「ち、ちっそくする」
「ああん、またもごめん!じゃあ、明日、また会おうね」
橘平にほおずりし、向日葵はスキップでピンクの車に乗り込んでいった。
解放と同時に土下座し、小声で「ああ、さっきはほんとごめんなさいごめんなさい」と平謝りした。
「ちょっとやめてよ、土下座って。顔上げて、立ってよ!」
向日葵は橘平の肩と腕をつかみ、立つように促す。
「痛い!!」
「ああ、ごめんごめん…」とっさに橘平から手を離す。
少年は恐る恐る顔を上げる。
向日葵はまだ恥ずかしそうな顔だが、橘平の耳元でささやいた。
「効いた…と思う。変な効き方な気もするけど」
「へ、変? 大丈夫なんですか、変って」
「大丈夫だよ、変だけど」
「変でも、その…仲直りできたんですよね、葵さんと」
「仲直りっていうか、まあ、ふ」
向日葵は「普通に戻った」、そう言おうとした。
けれど、橘平の術中にはまり、彼女の保ってきた「普通」を壊されたのである。普通ではないかもしれない。向日葵は別の言葉に置き換えた。
「大丈夫、無視はしてないから。安心して」
その言葉に橘平はほっとした。
「良かった。お役に立てて!」
橘平のせいで、彼女の心は夏の台風のようにかき乱された。それを知らない少年は「あーほんと良かったあ」と心から安心しきった、緩んだ顔をしている。
葵の行動が仲直りにあたるのか、これから彼とどう向き合っていくべきなのか。距離感をまた戻せるのか。
真剣に悩んでいる向日葵は、橘平の頬をつねる。
「いって!」
「きっぺー、ヤカンに水」
「はい。へへへ」
「なに笑ってんのよ!!」
「笑顔は世界を救うんすよ」
橘平は彼女の手を握ってそういうと、立ち上がってヤカンを手に取り、水を入れ始めた。
作り物ではない、自然な笑顔。これまで外の顔を作り続けてきた向日葵には羨ましいもの。自分にはないものだと思っている向日葵だが、彼の笑顔に触れると、彼女も自然な笑顔になっているのだった。
自然な笑顔のまま、向日葵は茶箪笥から茶筒を取り出す。
葵との距離感、戻す必要もないのでは。そう思い始めていた。
◇◇◇◇◇
夜も更け、「高校生はそろそろ帰れ」と古民家の住人から指令が下った。古文書の残りは明日以降、葵が順次読んでいくということだ。
「じゃあ、私、明日も来るね」
「いいよ桜さん、俺一人で」
「メモしたいこともあるし!」
「…わかった」
自分の知らないところで、親友が他の友達と仲良くしている。
あの気持ちが橘平の心に再来した。橘平も「明日来る」と言いたいが、文字が読めない。役立たずゆえに、そんな発言はできなかった。
「そかそか。じゃあ二人は明日も頑張ってねん」
向日葵が手を振り帰ろうとすると、「夕飯作りたかったら来ていいぞ」葵がそう呼びかけた。
「はあ?専属の飯炊き係かっつーの!明日は躰道のせんせーだから来れませんよ!」
その言葉に、橘平は自分でもびっくりするくらい、大きな声で、一も二もなく反応していた。
「それ、何時からっすか!?」
突然の橘平の大声に、3人はびっくりした。
「それってつまり、きっちゃん、躰道のお稽古来るってコト?」
「はい!と、とりあえず体験?見学?行ってもいいですか?」
「もっちろん!」
向日葵はぎゅううっと橘平を抱きしめた。
葵と桜を守る仲間が増えて嬉しい。その気持ちに向日葵は気づいていないけれど、心では感じていたのだった。
「ち、ちっそくする」
「ああん、またもごめん!じゃあ、明日、また会おうね」
橘平にほおずりし、向日葵はスキップでピンクの車に乗り込んでいった。