第72話 桜、八神本家にやってくる

文字数 1,704文字

 今日は模型作りに興味のあるお嬢さんが来る。

 そういうわけで、八神本家の現当主、八神寛平は張り切っていた。

 寛平なりにお嬢さんにもとっつきやすいキットをいくつか選び、道具もピカピカに磨き、部屋も片付けた。その様子を見ていた妻のいよは「いつもこれだけキレイにしてくれれば…」と、小声でつぶやいた。

 橘平は桜が来るまで、寛平と縁側でリバーシをしていた。祖父が白、孫が黒。先手は橘平。勝負は互角か寛平の方が少々勝っているように見受けられる。

 約束の時間が近くなり橘平がふと顔をあげると、桜のバイクが見えた。

 先日言った通り「『おじいさん』に会う」体であるため、本家にやってきたのだ。

「あ、桜さんだ」

 その一言を聞いた寛平は、沓脱ぎ石の上に置いたサンダルを履いて駆け出し、「初めまして桜ちゃん!いらっしゃい桜ちゃん!」と大きな声で歓迎した。

 その様子を縁側から見ていた孫は「なんだあのテンション……」祖父の見たことがない姿に若干引き気味である。

 バイクを降りた桜は寛平に深々とお辞儀した。寛平は桜を早速、趣味部屋に案内する。橘平も縁側から引き上げ、二階に上がった。

「本日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくね桜ちゃん。どれが作りたいかな?」

 作業机には、寛平が悩みに悩みぬいた5つのキットが並んでいる。

 可愛らしいドールハウス用のカフェ、ヨーロッパの美しい城、身近にあるものと選んだパトカー、引き締まったスタイルが決まっている戦闘機、そして少し前に流行った人気アニメのロボット。

 小柄で愛らしいお嬢さんだ。カフェかだろう城だろうか。寛平はそう思いながらニコニコと桜の様子を眺めていた。

 予想に反して、桜が選んだのはロボットだった。

「桜さんこれ知ってるの?」

「うん、観てた!」

 箱入り娘が過ぎて、桜はアニメも漫画も知らないような気がしていた橘平。しかしアニメを観ていた。しかもロボ系。また意外な一面を見た気がした。

「ロボットアニメって男の子が見るものだと思ってたけど、人間ドラマが重厚で切なすぎて、最終回は泣いちゃった」

「わかってるね桜ちゃん。そうそう、ロボットは仕掛けで、見せたいものは人間なわけよ」

「おじい様もご覧になってたんですか?」

「俺はね、作りたいプラモデルがあったら、まずその原作をちゃーんと観るの。どう作られて、誰が乗って。そいつのストーリーを理解してから作るんだよ」

「なんと。背景を勉強してから制作するのですね」

「人によるだろうけど、俺は、ね。戦闘機だってそう。どこの国でどの戦争で使われ、っていう歴史を勉強してから作るよ。このカフェならどの地域に出店されて、オーナーはどんな人、客層、そんなことを想像してね」

 ただ楽しんで作るだけだと考えていた桜は、「制作にかける姿勢、素晴らしいです…」寛平の制作にかける思いにいたく感動した。

「あはは、いやいや、素晴らしいだなんて、そんなそんな」

 寛平は頬を染め、短く刈った白髪頭をぼりぼり掻く。

「私もおじい様を見習って、このロボットのストーリーを感じて作ります!!」

「おお、素晴らしいね桜ちゃん!!」パチパチと大きく拍手した。

 桜はプラモデルの箱の絵をじいっと眺め、アニメの内容を脳内に浮かべた。

「これは主人公ヨハネスが乗っていた機体、クラシカ。ああ、ヨハネスと言えばやっぱり、クララとの結ばれなさそうで結ばれて、そして結ばれない切ない関係はもちろんですけど」

「ロベルトとの命を懸けた戦闘シーンもいいよね!熱い!」

「分かってないな橘平は。それは表面上で…」

 そこから熱いストーリー考察と人間ドラマ感想大会が始まってしまい、あっという間に3時間が経った。主に桜と寛平が語り、たまに橘平が参加する形ではあったが。まだ箱すら開けていない。

「…フェリックスの過去が物語の核だったわけだな。どんな人にも歴史あり。それでいえば、八神家なんて昔は借金だらけだったらしいんだよ。それでもこうやって子孫たちは元気に生きていて」

 あ!っと橘平と桜は気が付いた。そうだ、今日の核は「まもり」について聞くことだった、と。

「まもりさんのこと」

 桜はこっそりと橘平にささやいた。
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