第63話 桜、クラスメイトを見かける

文字数 3,039文字

 春休みも近づき、桜の通う女子高では早帰り期間が始まった。

 しかし、赤点生徒には補習がたっぷり待っている。生物だけ赤点を取ってしまった桜は、午後も学校に残り、同じ赤点組と机を並べた。

 とは言え、いつもよりは早く帰れる。たまには寄り道したって罰は当たらないと、桜は街の小さな書店に寄った。最近は「なゐ」のことばかり調べていて一般の本に触れておらず、新しい本の匂いに懐かしさを感じた。

 新刊コーナーや注目本コーナー、平置き本を一通り眺め、気になった小説や新書、漫画などを手に取り、帯やあらすじを読む。

 その中に目を引く物があった。ハードカバーの小説なのだが、装丁の風景イラストが橘平の描いた精密な絵を想起させる。桜は内容を確かめもせず、いわゆるジャケ買いをした。

 買ったばかりの本をカバンに仕舞いながら書店を出ると、クラスメイトの大石朋子が、何人かの女子生徒に囲まれ、どこかへ連れていかれるのが見えた。

 ソフトボール部に所属する朋子は明るくはきはきしたタイプで、スポーツ系女子グループの中心的な存在である。囲んでいるのは優等生グループの女子たちだ。

 7対1。

 よからぬ雰囲気を感じた桜は、こっそり後をついていった。

◇◇◇◇◇  

 朋子が連れていかれたのは墓地だった。常駐する僧侶のいない小さな寺院に隣接している、薄暗い場所。あまり家族や地域の管理者が訪れることのない墓地なのか、花が生けてある墓はほとんど見当たらないし、草も生え放題だ。

 優等生グループが朋子を墓の隅の方に連れ込み、ぐるりと囲む。

 リーダー格のウルフカットの女子は腕を組んで、朋子に荒々しく話しかけた。

「カナの煙草チクったの、あんたでしょ?」

 両手を腰に当て、堂々とした立ち姿で朋子は言い返す。

「悪いことしてんだから、通報するのは当たり前じゃないか。何逆切れしてんの?」

 取り巻きたちが「正義のヒロイン気取りなワケ?」「クラスメイト売って内申稼いでんじゃねーよ」と突っつく。

「悪いことは悪い。それだけじゃないか。優等生のくせして、あんたたちバカなんだな」

 7人の圧迫に全く怯む様子のない朋子に、周りはイライラしてきた。彼女らは「うっせーブス」「デブ」「運動できるからってなんだし」「いい子してんじゃねーよ」優等生とは思えない貧困な語彙で罵倒を浴びせ続ける。

 この優等生グループの柄の悪さに、桜は驚きを隠せなかった。先生の言うとおりに学校生活を送り、成績も行儀も良い人たち、という印象だったが、裏の顔もあったのだ。静かな場所に呼び出し、しかも多勢で一人を攻撃するという卑怯なグループ。友達思いと言えば聞こえはいいのだろうが、おそらく彼女たちも何かしらの校則違反を犯している。だからこそ、朋子を攻めているのではと桜は推測した。

「そもそも、学校で吸ってるからバレるんだよ。こういう墓で吸ってりゃ私になんて見つからなかったのに」

 リーダー格の女子が朋子の頬を叩いた。

 朋子も負けじと叩く。

 すると周りの女子たちも手や足を出し始めた。運動神経の良い朋子でもこれはさすがに勝てないようで、袋叩きになってしまった。

「大石さん…!!」これは見ていられない、いや傍観しちゃいけないんだと、桜は躍り出た。「何やってるんですか!!」

 桜の登場に、優等生たちは動きを止めた。「誰に見つかった!?」と焦りや恐怖を感じた彼女たちだったが、相手が「友達がいない大人しいメガネ女子」の一宮桜であるとわかると、笑いが起こった。

「なーんだ、一宮さんか。粛清だよ粛清。あんたも誰かにチクるわけ?同じ目に合わせるけど」

 桜は武道をやっていた。とはいえ、多人数を相手にしたこともなければ、ケンカするようには稽古をしていない。あくまで自分の身を守る手段としてしか身についていないのだ。朋子とともにこの場から逃げる方法を一生懸命考えたが、全然浮かばない。

 優等生グループたちが桜に向かってくる。走っても追いつかれるだろうし、朋子を置き去りにはできない。

 立ち向かうしかないと腹を決めた。

「一宮さん!!」

 優等生たちの手を離れた朋子が桜に駆け寄る。

 叩かれる、と桜はカバンを顔の前に盾として構えた。しかし、優等生たちの拳は一向に降ってこない。

 カバンを少し降ろし、ちらりと目をやると、彼女たちは桜の顔や体のすれすれのところで手を出せないでいた。

 これ以上、桜に近づけない。そんな風だった。

「あれ、なんで進めないの」

「何よこれ!?」

 これ幸いと桜はこの空間を抜け出し、近くまでやってきていた朋子の手を取って走り出した。

◇◇◇◇◇  

 さきほどの書店近くまで逃げてくると、桜は朋子の手を離し、頭を下げた。

「あの、大石さん、差し出がましい真似を」

「顔上げてよ!」

 朋子は桜の両肩に手を載せ、そうするよう促す。桜はゆっくりと頭を上げた。

「ありがとう一宮さん。一宮さんいなかったらあたし、ボロボロだった。助かった。ってか、めっちゃくちゃ勇気あるんだね。尊敬だよ、あたし同じことできないって」

「ゆ、勇気だなんて」

「そういや話したの初めてじゃない?ねえ、ちょっと時間ある?」

「あ、は、はい」

「そこの喫茶店よってこ。あたし、一宮さんともっと話したい。いい?」

「…もちろん!」

「桜って呼んでいい?」

「うん、じゃあ朋子ちゃんでいい?」

 創業50年は越えていそうな老舗の喫茶店に二人は入っていった。

 向日葵との女子会も楽しいけれど、同年代の女子会はまた違った楽しさがあった。学校という共通の話題や悩みについて、同級生と話したことがなかった桜は、自分の中にある「普通の女子高生」の部分を味わっていた。

 また朋子と話していて分かったのは、彼女の母親は桜の住む村の出身であり、彼女はお伝え様にも毎年初詣に来ているということだった。

「桜ってあそこの子だったんだ。うそー、私さ、毎年あそこの神社で家族の健康とか安全とか祈ってるんだよ」

「そうなんだ!ちょっと縁を感じる」

「ちょっとじゃない、すっごく感じる。私のこと助けてくれたしさ!今、神様と会ってる気分だよ」

 その一言に、桜はメロンソーダのストローを少し噛み、じゅっと吸い込んだ。

◇◇◇◇◇ 

 朋子との女子会を終え、桜はバイクでゆったりと帰宅した。

 初めての同級生との喫茶店。興奮は冷めやらず、また行きたいけど自分から誘っていいのか、誘われるのを待つか。次に繋げるにはどうすればいいのか、よくわからない桜だった。

 バイクが村の敷地内に入った。田んぼ畑が広がる中を、ぽってりした小型バイクが走っていく。向日葵たちの働く役場もちらりと見えた。

 頭の中が喫茶店から先ほどの「現象」に移った。墓場で女子たちが止まって見えたことだ。

 あれは普通の事ではない。明らかに何らかの力が働いていたように思えた。

「私の能力は壊すことと治すことだしなあ」

 ふと、森のバケモノに踏みつぶされそうになった時のことを思い出した。

「あの時も、止まって見えた…同じだ」

 帰宅した桜はさっそく、通学カバンの前ポケットを開けた。向日葵にお守りの書かれた小袋持っているように言われ、入れておいたのだ。

 袋を取り出すと、後ろに描かれていたはずのお守りマークの部分だけ、切り取られたように穴が開いていた。

「…橘平さんの…」

 桜は早速、橘平にメッセージを送った。

〈橘平さんすごい!!〉

〈なんかあった?〉

〈あった!〉

〈なになに?〉

〈文字無理。電話していい?〉

〈OK〉

 ワンコールで橘平は出た。
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