第92話 橘平と桜、野宿の相談をする

文字数 2,772文字

『日曜日に4人で会えたらって。八神さんちの神社の写真撮ったから見せたいし、あと今、私が家でしてることとか』

 

 先日の桜の提案により、午前中から古民家に集まった4人。朝から弱い雨が降り続くが、気温はさほど低くなく過ごしやすい日だった。

 早速、桜から八神家での収穫物の話があるかと思いきや、開口一番、桜は「ひま姉さんに野宿の相談がしたいの!」輝く瞳とともに話始める。長くなりそうだし自分には関係なさそうだと判断した葵は、新聞を読み始めた。

 まず橘平が、ことの起こり、つまり優真に「野宿した」と言い訳をしたことから説明した。

「あはははは!」古民家に向日葵の高い笑い声が響く。「それで野宿う!?ウケる!!」

「楽しそうだから参加したいの。それで、お父さんたちになんて言おうかなあって」

「ああ、それで野宿の相談、ってことね」

「ひま姉さんのところに泊まる、でいいかな」

 向日葵は笑いすぎて出た涙をぬぐう。

「えー、一人で野宿したいんだー、とか?」

「それはダメだろう」

 新聞を読みながらも、一応、話を耳にしている葵がつっこむ。

「はは、そうね。うん、私と遊ぶことにしな。でもいいねえ、キャンプみたいなもんでしょ?」

「はい、テント借りるし」

「楽しそう。私も友達とキャンプしたなあ」

「今、夕飯を悩んでるんすよ。無難に家で食べようと思ってたけど、優真がそれじゃあ野宿じゃないって」

「お家にカセットコンロある?あれと鍋があればさ、即席ラーメンできるじゃん。簡単じゃない?」

「わあ! お外でラーメン!?」桜がなぜか異様な食いつきをみせた。「それ、韓国ドラマで見た!というか、韓ドラのラーメンシーンってとっても美味しそうで憧れてたの。インスタントラーメン食べたことないから!」

 箱入り娘はアニメと韓国ドラマは見ているらしい、でも即席ラーメンは経験なし。

 橘平の心のメモが増えていく。これもまた意外ではあった。アニメもそうだが、桜がテレビを見る様子を全く想像できないのだ。

「じゃあそれにしよ。簡単そうだし。優真に聞いてみる」

「やだもー。ちょー楽しそう。私も参加したーい」

 雑談の一部で本気ではなさそうだ。が、優真と長年の友人である橘平は、もし向日葵が参加した場合、彼がどんな反応をするか想像してみた。

 その一。固まって挨拶すらまともにできない。おそらく固まったまま。みな優真に気を使い、キャンプは盛り上がらないで終わる。

 その二。挙動不審。二人とも気持ち悪がるかもしれない。野宿台無し。

 その三。興奮してべらべら喋りまくる。これも気持ち悪がられそうだ。うざいかもしれない。つまり楽しい野宿にならない。

 その四…五…六…。

 結論として、向日葵の参加は楽しい野宿にはならない。そう橘平は結論付けた。優しい親友なのだが、向日葵関連ではどうしてもいい情景が思い浮かばなかった。

「ああ、そうそう、見てこれ」

 桜が手提げからプラモデルを取り出した。先日、寛平とともに作成したロボット、クラシカだ。

「クラシカ・ハルモニ! おじい様と作ったの」

「わー、よくできてるじゃなーい。しかもヨハネスの機体じゃん」

 向日葵はプラモデルを手に取り、しげしげながめる。お気に入りの場面や泣けるシーンが次々と浮かんでくる。「うわーもう泣けてきた」と半泣きだ。

「車に乗ってた猫のぬいぐるみ! そうかあれ」

「そうだよ~ヨハネスのお友達、レオポルトよん」

「俺こないだ、友達んちでクラシカ第1期鑑賞会して。今度、ファイナルシーズンの第2期鑑賞会もするんす」

「えーいいなあ! それも楽しそう! 行きたいな! オタクさんの解説付きなんでしょ?」

 橘平がすることなんでも「いいな」と言い始めてきた桜。橘平としては「じゃあ来なよ」と威勢よく言いたいところだが、同年代男子3人と会うのはいいのかどうか。判断がつきかねた。

「ちょ、それ私も行きたいわあ……」野宿は軽い口ぶりであった向日葵だが、こちらには本気さがにじみ出ている。「オタクの解説って何よ、ちょそれ行きたいんだけどマジ。いついつ?土日?」さらに食いつく。

 向日葵が大好きな橘平は、彼女とアニメが観られるなら観たい。野宿だってそうだ。けれど、そちらにも優真が参加している。

 橘平は先ほどの想像を思い返してみるが、やはりいい結果は出てこない。喉から絞り出すような声で「友達の優真がですね、向日葵さんが好みのタイプ? っていうか憧れてて、ファンといいますか」

「へえ!?」向日葵は超音波のようなキーンとした声で反応した。

 3人はその声に、自然と体がびくっとした。

「ああ、あの、ですから、向日葵さんに間近で会えたらちょっと挙動がおかしくなりそうというか、気持ち悪くなるかなあというか、失礼を働きそうっていうか」

 向日葵は口角がこれ以上あがらないほどに上がり、めじりとくっつきそうである。

「やだー!ゆーま君、私が好みのタイプとか何よ~!隠れてないで話しかけなさいようっ!!」

「う、内気なもので」

「じゃあ私の方から話しかけないとね!鑑賞会行く行く、やだあ、モテキやっときたじゃん!!来ないと思ってた~!」

「子供にモテて嬉しいのかよ」

 またも葵が新聞をがさりとめくりながら、ちゃちゃを入れる。

「何歳だっていいでしょ!私と違って万年モテキの三宮葵さんにはわからないでしょーけどね。そりゃあ、優真君と付き合うとかはないよ。会ってもないのに失礼だけど。でもさあ、男女関係なく誰かに憧れてもらえる、好きになってもらえるって嬉しい。ちょっと自分に自信持てるじゃん。私、少しは人間として魅力あるのねーって」

「そーなんすか? 向日葵さんモテそうですけど。かっこいいし。俺、向日葵さんのこと超好きですよ」

「私もひま姉さんだーい好き! 付き合いたい!」

 高校生たちはそろって、今日の天気とは真逆な晴れ晴れとした笑顔で、向日葵に好意を告げる。

「ありがとう二人とも~! よし、じゃあ桜ちゃん付き合おうね~」

「いいなあ、桜さん。俺は~?」

「しょうがないなあ、きっぺーともお付き合いしてあげるわよん」

「いえーい!」

 橘平は隣に座る桜とハイタッチした。

 意味のない会話が葵の前で延々と繰り広げられる。

 それ以上に「きっぺーとお付き合い」で頭に来た葵は、「桜さん、今日はそういう話じゃないだろ」話題を変える。

「ご、ごめんなさい、お話に夢中で……」

「俺もつい盛り上がっちゃって、すいません葵さん……」

 感情を隠して何気なくふったつもりの葵だったが、高校生二人は叱られたと感じたらしく、頭を下げる。先程までの元気もゼロになってしまった。

 予想外の反応に、葵は困惑した。

「え、いや叱ったわけじゃないくて、その」

「うそー、アオ、めっちゃ怒ってる感じだったよ。びっくりした」 

 向日葵に指摘され、葵は子供っぽかったと反省した。
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