第61話 向日葵、葵にナポリタンの作り方を伝授する
文字数 2,496文字
乾麺パスタの袋がでてきた。400g入り、1.8mm、茹で時間は11分。
「卵かけごはんって」
「てきとーに言っただけ」
向日葵は冷蔵庫を開け、「うん、やっぱケチャップとソースとバターあったわ。良かった」ケチャップとソースを取り出し、扉を閉めた。
「じゃあ葵君、君にナポリタンの作り方を教えてあげましょう」両手にケチャップとソースを掲げながら向日葵は言った。
「作ってくれるんじゃないの」
「文句あんの」
「別に…」
葵は古民家で一人暮らしをするようになってから、向日葵が台所に立つ時はお茶でも何でも、一緒にいるようにしてきた。
そんな時でしか、彼女の側にいられないからだ。桜は第三者としてそれをよくわかっているし、向日葵もその行動の意味は察していた。桜がいるので大きな声でどっか行け、とも言えないし、葵は常に微妙に遠くて近い、ぎりぎりの距離を保っていた。一線は超えてこなかったのだ。
そういう訳で、料理をするときも一緒に台所に立っていた。彼女に指示されたお手伝いはしてきたのだが、教わるのは初めてだ。
「お鍋に水いっぱい入れて、お湯沸かしてちょうだい」
葵は言われた通り、鍋に水を入れ、コンロにかけた。
「その間に具材を切りましょう。大きさはとやかく言わないから、食べやすくね」
小さめの玉ねぎの皮をむき、葵は輪切りを始めた。
「ちょいちょい、なんでそーなる!?食べやすいそれ!?」
言われて葵は手を止める。
「…食べにくいな」
「櫛切りしようよ~半分に切って!」
向日葵指導の下、葵は玉ねぎのを櫛切りにした。一応、包丁の持ち方はそれなりの形である。
続いて、ピーマン。向日葵相手とはいえ、見られていると緊張し、葵はどのように切っていいのか混乱してきた。
とりあえず縦半分に包丁を入れた。そこで手が止まる。
「どしたの?」
「いやその、種」
「うん、手でほじればいいんじゃない」向日葵はピーマンの片割れの種をとる。葵も、もう一つの方の種をとった。
葵は半分になったピーマンをさらに縦4等分にする。細ければ食べやすいだろうと思ったからだ。
「こんなもんでいいか?」
「いーんじゃない。じゃ次。ウインナー切って」
斜めに切る、などというオシャレな発想は葵にはなく、ぶつぶつと切る。食べやすいというより細かくなったが、向日葵は特にコメントしなかった。
鍋の水が沸騰してきた。
「アオ、お鍋にお塩ひとつまみ。そしたらパスタ200g入れてね」
葵は袋から約半量の乾麺を取り出した。
「俺ひとりで、こんなに食えるかなあ」
「何言ってんの、二人分だよ」
「は?」
「私も食べんの」
葵は麺を天板の上にばらばらと零してしまった。二人きりでご飯を食べるなぞ、これまでの向日葵なら絶対に避けることだ。
「ぎゃ、ちょっと!!」
「ごめん!」葵は急いで麺を回収する。
ぷすーと向日葵は息を吐く。
「なーんか、勘違いしてるんじゃない?」
「か、勘違いって」
「葵が考えてるよーなオイシイ話はありません!私は料理を教えに来たの。なんで私も食べるのか、あとでちゃんと言います。ほれ麺入れて」
指示通り、葵は麺を鍋にぱらぱらと差し入れた。一緒に食べると聞き、オイシイ話も少しは期待していたが、無いらしいとのことで少しがっかりもしつつ、予想通りでもあった。
鍋のパスタの様子を見ながら、「で、野菜とウインナーを炒めるわけだけども」向日葵は冷蔵庫からバターを取り出し「ゲストに美味しいご飯を食べてもらいたい!もてなしたい!ってめっちゃ思いながら作って」と言った。
「はあ」
「はあじゃないよ。葵ってさ、食べられればいいって思って作ってるでしょ」
実際その通りで、葵は目分量で適当に作っていた。彼の手伝いの様子をみていて、向日葵はそう感じていた。
「そこだよ、上達しないの。下手こそきっちり材料は計って。そんで」
向日葵はフライパンを葵に手渡す。
「心を込める。誰かのためを思って作る。一人のご飯でも、自分をゲストだと思って料理するのよ」
向日葵はバターを分量通りに切るよう指示する。
「今日、私も食べる理由はそこだよ。私は今日、三宮葵さんちにきたゲストなの」
そういうことか。葵は向日葵も食べるという理由に納得した。
向日葵に美味しいナポリタンを食べてもらおう。
楽しい夕食にしよう。
その気持ちを強く持って、フライパンにバターを溶かした。
「おもてなし、してね」
やけに艶があり何かを期待させる声で唱える彼女の言葉に、返事をしようと葵は口を開いた。
しかし向日葵はニコッと「きっぺーちゃんみたいにね」と付け足す。
最近、常に付きまとう八神橘平の影。さまざまな出来事のあとに、向日葵は彼の名を口にする。
よく彼を抱きしめたり腕を組んだりしているけれど、見るたびにかなり羨ましかった。彼にやきもちを焼いても意味はない。一応、葵も少年のことは「大好き」である。それでも心にくすぶる何かを、葵は消せないでいる。
橘平のカレーより美味しいナポリタンにしよう。
その気持ちも加わった。
葵は向日葵の指示通りの量を計り、ケチャップとソースも加えて野菜たちを炒めた。炒め終わった頃にパスタの様子をみると、アルデンテ、よりは柔らかめだけれど、食べやすい硬さに茹っていた。葵はパスタをざるに空け、湯切りをする。
彼がパスタと具材を炒めている間、向日葵はトートバックから何かを取り出し、シンクで洗っていた。
「これでどうかな」
向日葵監修、葵作のナポリタンができあがった。
台所に香ばしいケチャップの香りが漂う。バターを多めに入れたこともあってか、ほんのり、その匂いもする。
「おいしそーにできたじゃない!じゃ、このお皿に盛ってね」
「あ。この皿…」
向日葵が天板に置いたのは、八神家でもらってきた木工の大皿2枚。数種類の木材を組み合わせて作られており、異なる模様同士がコラージュ作品の様相を呈している。
「オシャレな古民家カフェ風ナポリタンみたいになるかな~って!」
葵が小声で言ったあのセリフ、実は向日葵に聞こえていたのかもしれなかった。
「さーて、出来立て食べましょ~」彼女はナポリタンを居間へ運んでいった。
「卵かけごはんって」
「てきとーに言っただけ」
向日葵は冷蔵庫を開け、「うん、やっぱケチャップとソースとバターあったわ。良かった」ケチャップとソースを取り出し、扉を閉めた。
「じゃあ葵君、君にナポリタンの作り方を教えてあげましょう」両手にケチャップとソースを掲げながら向日葵は言った。
「作ってくれるんじゃないの」
「文句あんの」
「別に…」
葵は古民家で一人暮らしをするようになってから、向日葵が台所に立つ時はお茶でも何でも、一緒にいるようにしてきた。
そんな時でしか、彼女の側にいられないからだ。桜は第三者としてそれをよくわかっているし、向日葵もその行動の意味は察していた。桜がいるので大きな声でどっか行け、とも言えないし、葵は常に微妙に遠くて近い、ぎりぎりの距離を保っていた。一線は超えてこなかったのだ。
そういう訳で、料理をするときも一緒に台所に立っていた。彼女に指示されたお手伝いはしてきたのだが、教わるのは初めてだ。
「お鍋に水いっぱい入れて、お湯沸かしてちょうだい」
葵は言われた通り、鍋に水を入れ、コンロにかけた。
「その間に具材を切りましょう。大きさはとやかく言わないから、食べやすくね」
小さめの玉ねぎの皮をむき、葵は輪切りを始めた。
「ちょいちょい、なんでそーなる!?食べやすいそれ!?」
言われて葵は手を止める。
「…食べにくいな」
「櫛切りしようよ~半分に切って!」
向日葵指導の下、葵は玉ねぎのを櫛切りにした。一応、包丁の持ち方はそれなりの形である。
続いて、ピーマン。向日葵相手とはいえ、見られていると緊張し、葵はどのように切っていいのか混乱してきた。
とりあえず縦半分に包丁を入れた。そこで手が止まる。
「どしたの?」
「いやその、種」
「うん、手でほじればいいんじゃない」向日葵はピーマンの片割れの種をとる。葵も、もう一つの方の種をとった。
葵は半分になったピーマンをさらに縦4等分にする。細ければ食べやすいだろうと思ったからだ。
「こんなもんでいいか?」
「いーんじゃない。じゃ次。ウインナー切って」
斜めに切る、などというオシャレな発想は葵にはなく、ぶつぶつと切る。食べやすいというより細かくなったが、向日葵は特にコメントしなかった。
鍋の水が沸騰してきた。
「アオ、お鍋にお塩ひとつまみ。そしたらパスタ200g入れてね」
葵は袋から約半量の乾麺を取り出した。
「俺ひとりで、こんなに食えるかなあ」
「何言ってんの、二人分だよ」
「は?」
「私も食べんの」
葵は麺を天板の上にばらばらと零してしまった。二人きりでご飯を食べるなぞ、これまでの向日葵なら絶対に避けることだ。
「ぎゃ、ちょっと!!」
「ごめん!」葵は急いで麺を回収する。
ぷすーと向日葵は息を吐く。
「なーんか、勘違いしてるんじゃない?」
「か、勘違いって」
「葵が考えてるよーなオイシイ話はありません!私は料理を教えに来たの。なんで私も食べるのか、あとでちゃんと言います。ほれ麺入れて」
指示通り、葵は麺を鍋にぱらぱらと差し入れた。一緒に食べると聞き、オイシイ話も少しは期待していたが、無いらしいとのことで少しがっかりもしつつ、予想通りでもあった。
鍋のパスタの様子を見ながら、「で、野菜とウインナーを炒めるわけだけども」向日葵は冷蔵庫からバターを取り出し「ゲストに美味しいご飯を食べてもらいたい!もてなしたい!ってめっちゃ思いながら作って」と言った。
「はあ」
「はあじゃないよ。葵ってさ、食べられればいいって思って作ってるでしょ」
実際その通りで、葵は目分量で適当に作っていた。彼の手伝いの様子をみていて、向日葵はそう感じていた。
「そこだよ、上達しないの。下手こそきっちり材料は計って。そんで」
向日葵はフライパンを葵に手渡す。
「心を込める。誰かのためを思って作る。一人のご飯でも、自分をゲストだと思って料理するのよ」
向日葵はバターを分量通りに切るよう指示する。
「今日、私も食べる理由はそこだよ。私は今日、三宮葵さんちにきたゲストなの」
そういうことか。葵は向日葵も食べるという理由に納得した。
向日葵に美味しいナポリタンを食べてもらおう。
楽しい夕食にしよう。
その気持ちを強く持って、フライパンにバターを溶かした。
「おもてなし、してね」
やけに艶があり何かを期待させる声で唱える彼女の言葉に、返事をしようと葵は口を開いた。
しかし向日葵はニコッと「きっぺーちゃんみたいにね」と付け足す。
最近、常に付きまとう八神橘平の影。さまざまな出来事のあとに、向日葵は彼の名を口にする。
よく彼を抱きしめたり腕を組んだりしているけれど、見るたびにかなり羨ましかった。彼にやきもちを焼いても意味はない。一応、葵も少年のことは「大好き」である。それでも心にくすぶる何かを、葵は消せないでいる。
橘平のカレーより美味しいナポリタンにしよう。
その気持ちも加わった。
葵は向日葵の指示通りの量を計り、ケチャップとソースも加えて野菜たちを炒めた。炒め終わった頃にパスタの様子をみると、アルデンテ、よりは柔らかめだけれど、食べやすい硬さに茹っていた。葵はパスタをざるに空け、湯切りをする。
彼がパスタと具材を炒めている間、向日葵はトートバックから何かを取り出し、シンクで洗っていた。
「これでどうかな」
向日葵監修、葵作のナポリタンができあがった。
台所に香ばしいケチャップの香りが漂う。バターを多めに入れたこともあってか、ほんのり、その匂いもする。
「おいしそーにできたじゃない!じゃ、このお皿に盛ってね」
「あ。この皿…」
向日葵が天板に置いたのは、八神家でもらってきた木工の大皿2枚。数種類の木材を組み合わせて作られており、異なる模様同士がコラージュ作品の様相を呈している。
「オシャレな古民家カフェ風ナポリタンみたいになるかな~って!」
葵が小声で言ったあのセリフ、実は向日葵に聞こえていたのかもしれなかった。
「さーて、出来立て食べましょ~」彼女はナポリタンを居間へ運んでいった。