第77話 橘平、友人とアニメを観る

文字数 1,836文字

 午後になり、よっしーが緑のクロスバイクに乗って八神家にやってきた。ここから橘平と一緒に優真の家へ行くのだ。

 橘平は通学用のシティサイクルに乗り、よっしーとともに家をでた。3月下旬のふんわりした青空の下、田畑が続くのどかな田舎道を二人並んで漕いでゆく。

「そういえば、橘平殿はクラシカをご覧になっていたと記憶しているけれど」

「見てたよ!めっちゃはまった」

「ふむ。それでは退屈になるような解説もあるかもしれぬが、ご容赦を」

「絶対そうなんないよ。よっしーの話面白いしね~落語家とか講談師みたいだ」

 喋りながら漕いでいると、あっという間に大四家に到着した。

 さっそく、海外映画の古いポスターが何枚も飾られている優真の部屋で、よっしーの解説付「クラシカ・ハルモニ第1期鑑賞会」が開催された。

「優真殿がアニメに全く明るくないことは、小生も存じております。まず、アニメーションとは」

「そっから?」

「アニメについて教授すると聞いて」

「く、クラシカだけでいいんだよ!それだけでいいの!余計なものはいらん!」

「むう、アニメを好きになってもらいたく、いろいろ用意してきたのであるが」

「これだからオタクは!」

「優真もな。俺にいろいろ布教しようとするじゃん」

 橘平につっこまれ、優真は言い返せず言葉に詰まった。

「承知した。では早速、第一話から視聴しましょう」

 よっしーは冒頭から作画、シーンの深読みなど、理解が追い付かないほどの詳細な解説を繰り出す。スタッフロールでも、あの人はこうでああでと、一体何人のアニメ関係者が頭に入っているのか、驚くばかりであった。

 橘平はよっしーの解説と、先日の桜と祖父の考察を思い返しながら視聴する。だんだんと、以前とは全く違う視点で見ている自分に気が付いた。

 放送当時はメカデザインや戦闘シーンばかり目に入っていたけれど、この物語が伝えたいことは別軸にある。

 当時も切ないストーリーだと見ていたけれど、記憶以上に辛くて悲しい物語だった。ロボの激しい戦闘がないと耐えられない。

 ああ、だからこんなにキレイな絵柄で、かっこよく戦いのシーンが描かれていたのか。橘平は再発見した。

 物語の色どり、緩衝材。

 受け入れるための仕掛け。

 アニメに没入していた橘平だったが、突如「主人公、葵兄さんに似てるでしょ」という桜の言葉が思い出された。それ以降はもう、ヨハネスは葵にしか見えなくなってしまった。

 ではヒロインは向日葵に見えるかというと、どちらかというと桜タイプだ。葵と桜と思って視聴するのは奇妙すぎて混乱した。

「さて、この親友二人組、実は」

「待て待て、それネタバレじゃないの?」

「おっと、失言」

「初見なんだからやめてよね」

 よっしーの言うように、この物語には親友同士の女子二人組も登場する。しかし、のちにラスボスと判明する男性に騙され、二人の海より深いはずの友情はあっという間に崩壊する。橘平は「まもりさんと一宮のお嬢さんの友情も壊れてしまった、なんてことはあったのかな」そんな考えが浮かんだ。

 そんな想像をしつつ、橘平は結ばれなさそうで結ばれて結ばれない展開に、自然と涙がこぼれていた。よっしーに「お、いいところで感動するじゃないですか、橘平殿」となぜか褒められた。

 優真もいたく感銘を受けたようで「こんなに感動するアニメだったんだね。はじめから見ておけばよかった」と涙をにじませてた。

「うんうん、そうでしょう。して優真殿、なぜに突然クラシカの視聴を」

「え!?あ、ああ、だから社会勉強だよ。め、めちゃくちゃ流行ったし」

 慌てて話す優真。実際は別の理由がありそうだった。橘平は「向日葵さんが観てたから、なわけないか」ぼそりと呟いた。

「何か言った、橘平君」

「なーんも!」



◇◇◇◇◇



 橘平と桜は毎夜、今日の出来事をやり取りするようになってきた。今日もメッセージの送り合いが始まる。

〈今日友達とクラシカ・ハルモニ鑑賞会した〉

〈何それ楽しそう!いいな~〉

〈見直したらつらかった。あんな辛い話だったのか〉

〈そうよ〉

〈あーそれとさ、野宿することになって困ってる〉

〈おうち追い出されたの!?〉

〈違うよ~かくかくしかじか〉

〈ええ…楽しそう…私も一緒に野宿したいいい〉

 桜のまた変わった食いつきに、橘平はどう返事していいかしばらく固まっていた。

〈うーん、女子が男子たちと野宿は……良くないと思うよ〉

〈ひま姉さん来てくれたらいい?〉

 それは優真にとって毒である。

 桜の野宿は阻止したい橘平だった。
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