第74話 向日葵、口が滑る
文字数 2,423文字
土曜日は橘平も交えての休日出勤であったが、本日は向日葵と葵の2人きりだ。目が回るほど忙しい訳ではないものの、朝から間断なく妖物を駆除した。
今日に昼ごはんも、向日葵が作ってきた弁当だ。小ぶりの容器には昨夜の残りのコールスロー、そしてメインの弁当箱にはこれまた昨晩の残り、樹の好物メンチカツと根菜の煮物が入っていた。
きのうは橘平に楽しんでもらおうと、向日葵のイメージする「子供が喜びそうなお弁当」として、ハンバーグ弁当を作った。ナポリタン、卵焼き、にんじんグラッセをメインの弁当箱に詰め、そのほかにブロッコリーの卵マヨサラダにおやつの手づくりチーズケーキも持参した。彼女の中で橘平は高校生というより小学生くらいの感覚である。その反動か、今朝は弁当作りのやる気があまり出なかった。
「メンチカツ、誰が作ったの?」
カツをさくさくほおばりながら、葵が質問する。なんとなくだが、向日葵の味ではないと感じたのだ。
「お義姉さん」
葵の直感通りだった。樹の妻の料理も十分美味しい。けれど、向日葵のうまさとは異なっていた。
「ちなみに煮物はお母さん。コールスローは私。ぜーんぶ昨日の残り」
「二宮家の女性陣が集合した弁当か。貴重だな」
「そだねー確かに」
思い切り動いてお腹の減った向日葵は、にんじんの煮物と米を口に投入した。
歯磨き、と向日葵が席を立ったところで、また、感知の連絡が入った。
◇◇◇◇◇
結局、この日は午前中3件、午後3件の計6件の駆除を行った。
退勤時間がせまり、向日葵は課内の共有アプリに今日の記録を入力する。
『本日の出動は6回でした。
【駆除妖物】
キツネ2匹:B
柴犬1匹:C
狼2匹:B
猪3匹:C
【所感】変わったことは特にありません。妖物の様子にも特段変化は感じられません。
【備考】うち一回、有術者の親子(二宮)が課長と見学に来ました。
入力者:二宮向日葵』
最近では妖物の手強さを段階分けするようになった。明確な基準はないのだが、課としてのこれまでの経験からおおよそのボーダーを作り、職員それぞれが感じた強さを、S~Eのなかでランク付けする。いままでの妖物はこの基準で言うとC~E程度、時たま現れる凶暴なものでBであったが、最近はBが日常的になっている。
入力が終わり、向日葵は椅子に座りながら伸びした。
「あー、やっと終わった。休日に職場って精神的に辛かった~」
「今週は週7で働いたわけか」
今日は作業着のまま帰る予定の葵は、着替えずにメッシンジャーバックを手にした。向日葵も着替えが面倒になり、作業着姿のまま、席を立った。
「こーいうとき、みんなお酒飲むんだろうなあ~ちょっと羨ましい~」
葵が部屋の電気を消して、二人は廊下へ出た。
向日葵は見た目の派手さから飲めそうに思われがちだが、実はかなりの下戸である。お酒入りのチョコでゆでだこになるタイプだ。
街の居酒屋で村の友人たちが開いてくれた、20歳の誕生日会のこと。そこで向日葵は初めて酒を、ビールを飲んだ。
ビールを選んだのは家族の影響である。両親や兄が美味しそうにビールを飲む姿から、「きっと素晴らしく美味しい飲み物に違いない」と子供の頃から思っていた。加えて言うと、二宮家で酒に弱いのは祖母のみで、ほかの家族はそこそこ強い。
遺伝からいえば飲める確率が高いだろうと挑戦した彼女だったが、一瞬で真っ赤になった。頭がクラクラし、何も考えられなくなる。
自分でも訳が分からないまま、向日葵はふらふらと店内を歩き始めた。女子2人が心配して後に付く。店を一周してきた向日葵は、なぜか葵の後ろで立ち止まり、その頭の上に嘔吐しぶっ倒れた。その時の記憶はないが、友人たちから後日聞き、葵に土下座した。
それ以来、酒は全く飲んでいない。
という酒弱エピソードを言い聞かせ「飲めない」と言っても、酔っぱらい課長は飲ませようとするのであるからタチが悪い。どうしようもない親戚だ。
「そうだな。かなり働いたし、久しぶりに飲もうかな」
葵はアルコールには強いほうだ。いくらでも素面のように飲み続けられ、頭は少しぼうっとする程度。酒癖も特になく、いつも通りの彼を保つ。そのせいか酔う楽しみを感じたことはない。加えて特別酒好きではないため、時々しか嗜まないのだ。
「一緒に酒飲むか?」
「飲めるか!」
「冗談だよ。向日葵はジュース」
でも買って、うちで飲まないか。そう誘おうとした葵の言葉を無視し、向日葵は自身の発言をかぶせる。
「でもいいなー飲めて。私さ、ついこないだハタチぶりに飲んで記憶無くし…」
橘平に電話した日のことをつい口してしまった。
「え、飲んだ?どうしたんだ?飲まないって決めてたのに、もしかして課長に飲まされた、いや向日葵に限って、え?」
向日葵は青ざめた。
実は橘平に電話した時、葵のお姫様抱っこ事件のせいで辛さの限界を超え、つい酒に手を出してしまったのだ。
みんな酒で大変なことを忘れて、いい気分になる。じゃあ私もこれで苦痛を忘れられるかもしれない。
いや、酒で何もかも消えるわけじゃない。逃げだ。でも……。
向日葵はスーパー「だいこく」の酒コーナーの前でしばらく悩んだ。天使と悪魔が「酒を飲んでも辛さは消えない」「飲めば楽になるぞ」「だめだ、現実と向き合え」「辛いことから逃げようぜ」など交互にささやきはじめ、最終的に彼女は悪魔の言うことを聞いた。
そこからの橘平への電話だった。電話のあとにぶっ倒れ、そのまま朝を迎えたのだ。
しかし、酒を口にしてからの記憶は全くなく、朝起きたら頭と体がぼんやりしていただけ。結局、葵との出来事は忘れられなかったし、酒を飲んでもいいことはないと思い知った日であった。
「か、かかか帰る!!」
向日葵は役場の廊下を滑るように走っていった。
葵もそれを追いかけるが、もともと身軽で足が速いうえに、いつも以上に全速力の向日葵になかなか追いつけなかった。
今日に昼ごはんも、向日葵が作ってきた弁当だ。小ぶりの容器には昨夜の残りのコールスロー、そしてメインの弁当箱にはこれまた昨晩の残り、樹の好物メンチカツと根菜の煮物が入っていた。
きのうは橘平に楽しんでもらおうと、向日葵のイメージする「子供が喜びそうなお弁当」として、ハンバーグ弁当を作った。ナポリタン、卵焼き、にんじんグラッセをメインの弁当箱に詰め、そのほかにブロッコリーの卵マヨサラダにおやつの手づくりチーズケーキも持参した。彼女の中で橘平は高校生というより小学生くらいの感覚である。その反動か、今朝は弁当作りのやる気があまり出なかった。
「メンチカツ、誰が作ったの?」
カツをさくさくほおばりながら、葵が質問する。なんとなくだが、向日葵の味ではないと感じたのだ。
「お義姉さん」
葵の直感通りだった。樹の妻の料理も十分美味しい。けれど、向日葵のうまさとは異なっていた。
「ちなみに煮物はお母さん。コールスローは私。ぜーんぶ昨日の残り」
「二宮家の女性陣が集合した弁当か。貴重だな」
「そだねー確かに」
思い切り動いてお腹の減った向日葵は、にんじんの煮物と米を口に投入した。
歯磨き、と向日葵が席を立ったところで、また、感知の連絡が入った。
◇◇◇◇◇
結局、この日は午前中3件、午後3件の計6件の駆除を行った。
退勤時間がせまり、向日葵は課内の共有アプリに今日の記録を入力する。
『本日の出動は6回でした。
【駆除妖物】
キツネ2匹:B
柴犬1匹:C
狼2匹:B
猪3匹:C
【所感】変わったことは特にありません。妖物の様子にも特段変化は感じられません。
【備考】うち一回、有術者の親子(二宮)が課長と見学に来ました。
入力者:二宮向日葵』
最近では妖物の手強さを段階分けするようになった。明確な基準はないのだが、課としてのこれまでの経験からおおよそのボーダーを作り、職員それぞれが感じた強さを、S~Eのなかでランク付けする。いままでの妖物はこの基準で言うとC~E程度、時たま現れる凶暴なものでBであったが、最近はBが日常的になっている。
入力が終わり、向日葵は椅子に座りながら伸びした。
「あー、やっと終わった。休日に職場って精神的に辛かった~」
「今週は週7で働いたわけか」
今日は作業着のまま帰る予定の葵は、着替えずにメッシンジャーバックを手にした。向日葵も着替えが面倒になり、作業着姿のまま、席を立った。
「こーいうとき、みんなお酒飲むんだろうなあ~ちょっと羨ましい~」
葵が部屋の電気を消して、二人は廊下へ出た。
向日葵は見た目の派手さから飲めそうに思われがちだが、実はかなりの下戸である。お酒入りのチョコでゆでだこになるタイプだ。
街の居酒屋で村の友人たちが開いてくれた、20歳の誕生日会のこと。そこで向日葵は初めて酒を、ビールを飲んだ。
ビールを選んだのは家族の影響である。両親や兄が美味しそうにビールを飲む姿から、「きっと素晴らしく美味しい飲み物に違いない」と子供の頃から思っていた。加えて言うと、二宮家で酒に弱いのは祖母のみで、ほかの家族はそこそこ強い。
遺伝からいえば飲める確率が高いだろうと挑戦した彼女だったが、一瞬で真っ赤になった。頭がクラクラし、何も考えられなくなる。
自分でも訳が分からないまま、向日葵はふらふらと店内を歩き始めた。女子2人が心配して後に付く。店を一周してきた向日葵は、なぜか葵の後ろで立ち止まり、その頭の上に嘔吐しぶっ倒れた。その時の記憶はないが、友人たちから後日聞き、葵に土下座した。
それ以来、酒は全く飲んでいない。
という酒弱エピソードを言い聞かせ「飲めない」と言っても、酔っぱらい課長は飲ませようとするのであるからタチが悪い。どうしようもない親戚だ。
「そうだな。かなり働いたし、久しぶりに飲もうかな」
葵はアルコールには強いほうだ。いくらでも素面のように飲み続けられ、頭は少しぼうっとする程度。酒癖も特になく、いつも通りの彼を保つ。そのせいか酔う楽しみを感じたことはない。加えて特別酒好きではないため、時々しか嗜まないのだ。
「一緒に酒飲むか?」
「飲めるか!」
「冗談だよ。向日葵はジュース」
でも買って、うちで飲まないか。そう誘おうとした葵の言葉を無視し、向日葵は自身の発言をかぶせる。
「でもいいなー飲めて。私さ、ついこないだハタチぶりに飲んで記憶無くし…」
橘平に電話した日のことをつい口してしまった。
「え、飲んだ?どうしたんだ?飲まないって決めてたのに、もしかして課長に飲まされた、いや向日葵に限って、え?」
向日葵は青ざめた。
実は橘平に電話した時、葵のお姫様抱っこ事件のせいで辛さの限界を超え、つい酒に手を出してしまったのだ。
みんな酒で大変なことを忘れて、いい気分になる。じゃあ私もこれで苦痛を忘れられるかもしれない。
いや、酒で何もかも消えるわけじゃない。逃げだ。でも……。
向日葵はスーパー「だいこく」の酒コーナーの前でしばらく悩んだ。天使と悪魔が「酒を飲んでも辛さは消えない」「飲めば楽になるぞ」「だめだ、現実と向き合え」「辛いことから逃げようぜ」など交互にささやきはじめ、最終的に彼女は悪魔の言うことを聞いた。
そこからの橘平への電話だった。電話のあとにぶっ倒れ、そのまま朝を迎えたのだ。
しかし、酒を口にしてからの記憶は全くなく、朝起きたら頭と体がぼんやりしていただけ。結局、葵との出来事は忘れられなかったし、酒を飲んでもいいことはないと思い知った日であった。
「か、かかか帰る!!」
向日葵は役場の廊下を滑るように走っていった。
葵もそれを追いかけるが、もともと身軽で足が速いうえに、いつも以上に全速力の向日葵になかなか追いつけなかった。