第69話 橘平、術について尋ねる
文字数 2,303文字
3人は公用車の白い乗用車に乗り、現場へ直行した。運転は葵、二人は後ろに乗っている。
一応、からかわれたことを自分の中で清算した向日葵は、橘平に「お守り書いて」と手の平を差し出す。
橘平はお守りの効果について、まだ半信半疑である。桜から先日の電話で聞いたけれど、すべて平凡な自分が有術を使えるなぞ信じられなかった。
武道を習い始めたが、まだまだ、桜を守れるほど身についていない。走るのは得意だが、「なゐ」から逃げられるほど速いか分からない。橘平は葵や向日葵のように特殊な力も体術も持ち合わせていない、「役立たず」の自分に引け目を感じていた。
自身の有術になのか、お守り自体に効果があるのか。どちらかは判別できないまでも、今日はその効果を自分の目で確かめられる絶好の機会。効果があるというなら、みなの役に立てるかもしれない。その期待を胸に、橘平は彼らの仕事に同行していた。
田園風景と家並みが続く中、お守りを描く様子をミラーで見た葵は「実は」と、先日、一人で妖物を駆除した時のことを語り始めた。
「ええ、そーだったの!?初めて聞いたんだけど」
「初めて話したからな。今日、2人に伝えようと思ってた」
「はあ、なんか、お守りってすごいんすね……」
桜だけでなく、葵も同じような効果を感じたという。橘平は桜を疑っていたわけではないけれど、だんだんと、八神には特殊な力があるかもしれないと信じ始めていた。
橘平が難しい顔をし始めたところで、向日葵が話を変えた。
「そうそう、きっちゃん。躰道来てくれてありがと。けっこー筋いいじゃん」
「そっすか?やった。武道って、桜さんを守るのにすごく役に立ちそうな気がします」
「結局始めたのか」
「はい。あ、桜さんから聞いたんすけど、葵さんもやってるって」
「基本は剣術の方だけど、そっちも行けるときにな」
木刀もかっこよかったが、道着姿で戦う姿も見たい。
そう思った橘平は、おねだり心を持って聞いてみた。
「そのうち、葵さんも稽古来ますか?」
「……そのうちな」
「え、え、じゃあ向日葵さんと試合します?見たい!!」
向日葵が手を叩き、大きく口を開けて笑った。
「いいね、しようしよう。葵くーん、今度私と試合ね」
その言葉に葵は無言だった。向日葵はにやっとし、橘平に腕を絡める。
「男の人たち、だーれも私に勝てなかったでしょ?」
向日葵の表情と行動から、葵をけしかけようとする意図が伝わった。
橘平も向日葵とがっつり腕を組む。
「うんうん、向日葵さんめちゃつよですよね!」
「そー、めちゃつよなの~アオにも『圧勝』するから見てて~」
「あれ~前互角って葵さん、言ってたよな~」
「ワタシのほーが強いって言ったでしょ」
「やっぱそーなんすね」
「素手じゃあ私に絶対勝てないの、葵くんは!」
言われっぱなしに業を煮やしたのか、葵が口をはさんだ。
「互角だよ互角!」
どーだか、と向日葵が鼻を鳴らすと、ちょうど現場に着いた。
車から降りると、葵はメガネを外し、ケースから日本刀を取り出した。
前回もそうであった。日本刀を手にするとき、葵はメガネを取る。桜も神社を壊すときなど、メガネを外していた。
これはなぜなのだろうか。橘平は山の中を歩き出した葵に後ろから質問した。
「一応、俺は人より有術の能力が高いんだ。そのせいか、勝手に普段から力が漏れてしまって。自分でも調整はできるけど、その調整に気を使って疲れるから、特殊なメガネで抑えてるんだよ。有術を使えないほど疲労すれば、調整しなくてもいいけど」
このメガネには相手を静止する有術が込められているという。その能力で、葵の能力を抑えているということだ。
「そーいや、向日葵さん、有術では葵さんに勝てないって言ってましたね。葵さん、有術はめちゃつよ、と」
「そーだねん、そーいうこと」
「力が漏れると、どーなるんすか?」
「例えば…食事中に箸が口に入っただけで血が出たり」
「まじでっ!」
「子供の頃、実際にやったことあるんだよな…」
その時のことをありありと思い出しているのか、淡々とした口調の中に痛みを感じた。
「救急、車?」
「父親が治療の有術が使えるから、すぐ治してもらった。有術の負傷は有術でしか治せないからな」
「へえ……今は仕事だからメガネいらないってことですか?」
「そう。今は有術を思い切り使わなきゃいけないから、調整する必要無しってこと」
「もしかして、桜さんのメガネも?」
「そーなの。実は、さっちゃんもめちゃつよなの」
「瀕死の葵さんを一瞬で治してましたもんね…えっと、葵さんはその状態で物を触ると武器になっちゃう、じゃあ人は?」
「人には俺の有術は流れない。例えば」
と、葵は前から橘平の左手首をつかみ、少年の右手を自身の肩に置いた。橘平は思わずびくりと体が震えた。
「何も起こらない」
「へー。じゃ、逆に俺から葵さんに触っても大丈夫ですか?」
「うん、試してみたらいい」橘平の手首から手を離した。
橘平は大丈夫とはわかりつつも、恐る恐る葵の手を握った。何も起こらない。ただ、葵の手がひんやりしているだけだった。
「うおお、何もないぞー」
ぶんぶんと、橘平は葵の手を振る。葵は橘平の手を抑えて振りを止め、握った手も引っこ抜き、前を向いて木々が茂る山の中をずんずん歩いていった。
「は!怒った!」
「怒ってないよ。めんどくさくなっただけじゃん?」
向日葵は隣を歩く橘平の手を引き、葵の背についていった。
◇◇◇◇◇
山の中はしんと静まり返り、危険な化物がいるとは感じられない。橘平と向日葵の雑談以外に、気になる音もない。
しかし、この辺だとされるポイントに着くや、急に周囲の空気が変わった。
一応、からかわれたことを自分の中で清算した向日葵は、橘平に「お守り書いて」と手の平を差し出す。
橘平はお守りの効果について、まだ半信半疑である。桜から先日の電話で聞いたけれど、すべて平凡な自分が有術を使えるなぞ信じられなかった。
武道を習い始めたが、まだまだ、桜を守れるほど身についていない。走るのは得意だが、「なゐ」から逃げられるほど速いか分からない。橘平は葵や向日葵のように特殊な力も体術も持ち合わせていない、「役立たず」の自分に引け目を感じていた。
自身の有術になのか、お守り自体に効果があるのか。どちらかは判別できないまでも、今日はその効果を自分の目で確かめられる絶好の機会。効果があるというなら、みなの役に立てるかもしれない。その期待を胸に、橘平は彼らの仕事に同行していた。
田園風景と家並みが続く中、お守りを描く様子をミラーで見た葵は「実は」と、先日、一人で妖物を駆除した時のことを語り始めた。
「ええ、そーだったの!?初めて聞いたんだけど」
「初めて話したからな。今日、2人に伝えようと思ってた」
「はあ、なんか、お守りってすごいんすね……」
桜だけでなく、葵も同じような効果を感じたという。橘平は桜を疑っていたわけではないけれど、だんだんと、八神には特殊な力があるかもしれないと信じ始めていた。
橘平が難しい顔をし始めたところで、向日葵が話を変えた。
「そうそう、きっちゃん。躰道来てくれてありがと。けっこー筋いいじゃん」
「そっすか?やった。武道って、桜さんを守るのにすごく役に立ちそうな気がします」
「結局始めたのか」
「はい。あ、桜さんから聞いたんすけど、葵さんもやってるって」
「基本は剣術の方だけど、そっちも行けるときにな」
木刀もかっこよかったが、道着姿で戦う姿も見たい。
そう思った橘平は、おねだり心を持って聞いてみた。
「そのうち、葵さんも稽古来ますか?」
「……そのうちな」
「え、え、じゃあ向日葵さんと試合します?見たい!!」
向日葵が手を叩き、大きく口を開けて笑った。
「いいね、しようしよう。葵くーん、今度私と試合ね」
その言葉に葵は無言だった。向日葵はにやっとし、橘平に腕を絡める。
「男の人たち、だーれも私に勝てなかったでしょ?」
向日葵の表情と行動から、葵をけしかけようとする意図が伝わった。
橘平も向日葵とがっつり腕を組む。
「うんうん、向日葵さんめちゃつよですよね!」
「そー、めちゃつよなの~アオにも『圧勝』するから見てて~」
「あれ~前互角って葵さん、言ってたよな~」
「ワタシのほーが強いって言ったでしょ」
「やっぱそーなんすね」
「素手じゃあ私に絶対勝てないの、葵くんは!」
言われっぱなしに業を煮やしたのか、葵が口をはさんだ。
「互角だよ互角!」
どーだか、と向日葵が鼻を鳴らすと、ちょうど現場に着いた。
車から降りると、葵はメガネを外し、ケースから日本刀を取り出した。
前回もそうであった。日本刀を手にするとき、葵はメガネを取る。桜も神社を壊すときなど、メガネを外していた。
これはなぜなのだろうか。橘平は山の中を歩き出した葵に後ろから質問した。
「一応、俺は人より有術の能力が高いんだ。そのせいか、勝手に普段から力が漏れてしまって。自分でも調整はできるけど、その調整に気を使って疲れるから、特殊なメガネで抑えてるんだよ。有術を使えないほど疲労すれば、調整しなくてもいいけど」
このメガネには相手を静止する有術が込められているという。その能力で、葵の能力を抑えているということだ。
「そーいや、向日葵さん、有術では葵さんに勝てないって言ってましたね。葵さん、有術はめちゃつよ、と」
「そーだねん、そーいうこと」
「力が漏れると、どーなるんすか?」
「例えば…食事中に箸が口に入っただけで血が出たり」
「まじでっ!」
「子供の頃、実際にやったことあるんだよな…」
その時のことをありありと思い出しているのか、淡々とした口調の中に痛みを感じた。
「救急、車?」
「父親が治療の有術が使えるから、すぐ治してもらった。有術の負傷は有術でしか治せないからな」
「へえ……今は仕事だからメガネいらないってことですか?」
「そう。今は有術を思い切り使わなきゃいけないから、調整する必要無しってこと」
「もしかして、桜さんのメガネも?」
「そーなの。実は、さっちゃんもめちゃつよなの」
「瀕死の葵さんを一瞬で治してましたもんね…えっと、葵さんはその状態で物を触ると武器になっちゃう、じゃあ人は?」
「人には俺の有術は流れない。例えば」
と、葵は前から橘平の左手首をつかみ、少年の右手を自身の肩に置いた。橘平は思わずびくりと体が震えた。
「何も起こらない」
「へー。じゃ、逆に俺から葵さんに触っても大丈夫ですか?」
「うん、試してみたらいい」橘平の手首から手を離した。
橘平は大丈夫とはわかりつつも、恐る恐る葵の手を握った。何も起こらない。ただ、葵の手がひんやりしているだけだった。
「うおお、何もないぞー」
ぶんぶんと、橘平は葵の手を振る。葵は橘平の手を抑えて振りを止め、握った手も引っこ抜き、前を向いて木々が茂る山の中をずんずん歩いていった。
「は!怒った!」
「怒ってないよ。めんどくさくなっただけじゃん?」
向日葵は隣を歩く橘平の手を引き、葵の背についていった。
◇◇◇◇◇
山の中はしんと静まり返り、危険な化物がいるとは感じられない。橘平と向日葵の雑談以外に、気になる音もない。
しかし、この辺だとされるポイントに着くや、急に周囲の空気が変わった。