第46話 葵、兄を迎えに行く
文字数 2,492文字
彼らが料理教室を楽しんでいる間、葵は街の駅に来ていた。都会の大学病院で働いていた兄の青葉を迎えに来たのである。
村唯一の医療機関「三宮診療所」は三宮分家の一つ、葵の家が代々受け継いで営んでいる。長男の青葉はそこの跡取りであり、このたび診療所に勤務するため、帰郷することになった。
葵が車の中で新書を読んでいると、窓ガラスをこんこん、と叩く音がした。
中肉中背の30歳前後の男性が手を振っている。青葉だ。
葵は兄の姿を認めるやドアを開けた。「おい、危ないな」兄の言葉は無視して車を降り、トランクに荷物を詰め込んだ。
「葵!お迎えありがとう。いやあ、今年は正月に帰れなかったからなあ。1年ぶりくらい?」
「早く乗れ」
と、さっさと車を出した。
車内では青葉が「久しぶりだね、最近さあ~」とぺらぺら話すも、葵はほぼ無口。質問されれば最低限の語数で答えるだけだった。
「相変わらず喋んないな。何か変わったことないの?」
「なし」
彼らは性格も容姿も、実に正反対だった。
長身の葵と違って青葉はそう背は高くないし、顔も凡庸でこれといった特徴はない。しかし口達者で人当たりが良く、勤務先では部下上司関係なく、いろいろな人から可愛がられていた。
その人が欲しい感想を的確に言葉にし、冗談も面白いと女性からの受けもよい。話術で人を誑し込む技術に長けており、どんな美人でもエライ人でも騙されてしまう。
「妖物のことは?」
「聞いてるだろお父さんから」
窓から見える景色が、家や商業施設から、だんだんと緑に変わっていく。
「そうなんだけどさ。だから帰って来て、結婚もさせられるわけだしなあ」
青葉はボトルのブラックコーヒーを一口飲み、「直前に彼女5人いて、別れるの大変だったよ。青葉さんと別れるなら死ぬとか言われちゃってさあ」と自慢げに話す。
彼は他人や親の前では「良い人」として、こうした露骨な話題はふらない。同性の友人たちの前でもだ。女性にも敬意を持って接している。
しかし弟たちの前だけでは、際どい発言、女性に軽い発言等々、裏の顔を出す。末の弟の蒼人は苦笑いで流しているが、葵はなるべく話を聞かないようにしていた。弟たちにどう思われているのか、知っているのか知らないのかはわからないが、おかまいなしにしゃべり続けるのであった。
「それにしても」と、青葉はボトルをホルダーに置いた。「僕が生きてる間にこんな状況になるなんて思いもよらなかったよ。シャレになんないくらい強いんでしょ?」
そう問いかけるも、弟から一向に返事はない。
青葉はしつこく「でしょ?でしょ?」と迫る。うるさくなってきたので葵は仕方なく「そうだよ」と一言発した。
だまれと言いたいが、言っても効果はない。しゃべり続けるのがこの兄である。
向日葵のように露骨に兄を嫌うことはせず、葵は関わる事を避けている。そのための無言だった。
「それで僕が必要になっちゃったと。優秀な治療能力者は村からもモテるね!」
青葉は「治癒」の有術を持つ。今後は診療所で父親とともに、医師兼能力者として働く予定である。
「可愛い人いっぱいいるから、もう少し都会にいたかったけどな~。医者修業は終わりか、さみしー」
お喋りで女性に軽い青葉だが、内科医としては優秀と聞いている葵。以前から不思議でならないけれど、自身の上司、二宮課長のように、性格と仕事は別なのだと再認識した。二宮課長も仕事だけは非常に優秀だ。
「ああそうそう、体なまってるだろう、鍛練しろってお父さんに言われてさ。まあその通りだよ。筋肉ゼロ。ほら腹がヒレ。治療要員で鍛練必要?」
青葉は助手席から、葵の腹を触る。
「やめろ!!」
「さすが締まってるね。いいね。あとで裸見せてよ」
次に青葉は葵の太ももを触った。
「細く見えるけど、筋肉がしっかりしてるね」
はたき落としたい葵だけれど、運転中のため耐えた。
「向日葵ちゃんは相変わらず金髪?」
葵は微かに頷いた。
触られて吐き気がする。本当なら頷くのさえ拒否したい。けれど、答えなければしつこい。
しつこくされるよりは、答える方がマシだと判断した葵であった。
「そっかー。彼女その2も金髪ギャルだったけどさあ。その子10歳年下で、顔はかわいいけどスタイルあんまりよくなかったね。そこが欠点。あと箸が持てない」
こんな腐った奴と付き合う女も腐ってるんだろうと、葵は自慢話を聞かされる旅に呆れてしまう。10歳年下の子はきっと騙されたに違いないと、弟は彼女その2に同情した。
「向日葵ちゃんはさ、ほんとスタイル良いよね。顔は全然好みじゃないけど、スタイルが素晴らしい。帰ったら早速おーがもっ」
そして、子供のころから知っている向日葵を、昔からそういう目でしか見ない事に葵は心底腹が立っている。
桜のことも「子猫みたいな妹系でカワイイ」など評し、葵は気持ち悪さしか感じない。
実家までまだ時間がかかる。地獄のドライブだ。
「結婚しても遊びはいいわけじゃない。一度くらい向日葵ちゃんともお付き合いしたいな」
結婚してまで遊ぶ気しかない兄。
葵の頭には車から蹴り落すか、助手席側だけ事故を起こすか、崖から放り投げるか…などなど、犯罪ばかりが浮かぶ。
「あくまでも遊びでね!秘密の関係ってやつも楽しそうだから、やってみたいんだよね~」
もし向日葵がこんな奴にだまされたらと思うと、怒りしか湧かない葵だった。
◇◇◇◇◇
実家で青葉を降ろすと、葵はそのまま古民家へ向かうために車を庭の中でバックさせた。
「あれ、あおいー!どっかいくの!?」
「帰る」
「ここ家でしょ」
「今、一人暮らし」
そういって、葵はすぐに古民家へ戻った。
「一人暮らし?この村で?」
「お帰り、青葉。葵はすぐ帰っちゃったか」
青葉が振り返ると、父の桐人が玄関から声を掛けていた。桐人はすらりとした背格好で姿勢がよく、顔は青葉と似ている。
「ただいま。ねえ、葵って今一人暮らしなの?」
「そうだよ。仕事の一環でね。一宮の持ってる家で一人暮らし」
葵が去った先を見やり「ふーん、そっか。一宮のねえ」青葉はボストンバックを手に、家に入っていった。
村唯一の医療機関「三宮診療所」は三宮分家の一つ、葵の家が代々受け継いで営んでいる。長男の青葉はそこの跡取りであり、このたび診療所に勤務するため、帰郷することになった。
葵が車の中で新書を読んでいると、窓ガラスをこんこん、と叩く音がした。
中肉中背の30歳前後の男性が手を振っている。青葉だ。
葵は兄の姿を認めるやドアを開けた。「おい、危ないな」兄の言葉は無視して車を降り、トランクに荷物を詰め込んだ。
「葵!お迎えありがとう。いやあ、今年は正月に帰れなかったからなあ。1年ぶりくらい?」
「早く乗れ」
と、さっさと車を出した。
車内では青葉が「久しぶりだね、最近さあ~」とぺらぺら話すも、葵はほぼ無口。質問されれば最低限の語数で答えるだけだった。
「相変わらず喋んないな。何か変わったことないの?」
「なし」
彼らは性格も容姿も、実に正反対だった。
長身の葵と違って青葉はそう背は高くないし、顔も凡庸でこれといった特徴はない。しかし口達者で人当たりが良く、勤務先では部下上司関係なく、いろいろな人から可愛がられていた。
その人が欲しい感想を的確に言葉にし、冗談も面白いと女性からの受けもよい。話術で人を誑し込む技術に長けており、どんな美人でもエライ人でも騙されてしまう。
「妖物のことは?」
「聞いてるだろお父さんから」
窓から見える景色が、家や商業施設から、だんだんと緑に変わっていく。
「そうなんだけどさ。だから帰って来て、結婚もさせられるわけだしなあ」
青葉はボトルのブラックコーヒーを一口飲み、「直前に彼女5人いて、別れるの大変だったよ。青葉さんと別れるなら死ぬとか言われちゃってさあ」と自慢げに話す。
彼は他人や親の前では「良い人」として、こうした露骨な話題はふらない。同性の友人たちの前でもだ。女性にも敬意を持って接している。
しかし弟たちの前だけでは、際どい発言、女性に軽い発言等々、裏の顔を出す。末の弟の蒼人は苦笑いで流しているが、葵はなるべく話を聞かないようにしていた。弟たちにどう思われているのか、知っているのか知らないのかはわからないが、おかまいなしにしゃべり続けるのであった。
「それにしても」と、青葉はボトルをホルダーに置いた。「僕が生きてる間にこんな状況になるなんて思いもよらなかったよ。シャレになんないくらい強いんでしょ?」
そう問いかけるも、弟から一向に返事はない。
青葉はしつこく「でしょ?でしょ?」と迫る。うるさくなってきたので葵は仕方なく「そうだよ」と一言発した。
だまれと言いたいが、言っても効果はない。しゃべり続けるのがこの兄である。
向日葵のように露骨に兄を嫌うことはせず、葵は関わる事を避けている。そのための無言だった。
「それで僕が必要になっちゃったと。優秀な治療能力者は村からもモテるね!」
青葉は「治癒」の有術を持つ。今後は診療所で父親とともに、医師兼能力者として働く予定である。
「可愛い人いっぱいいるから、もう少し都会にいたかったけどな~。医者修業は終わりか、さみしー」
お喋りで女性に軽い青葉だが、内科医としては優秀と聞いている葵。以前から不思議でならないけれど、自身の上司、二宮課長のように、性格と仕事は別なのだと再認識した。二宮課長も仕事だけは非常に優秀だ。
「ああそうそう、体なまってるだろう、鍛練しろってお父さんに言われてさ。まあその通りだよ。筋肉ゼロ。ほら腹がヒレ。治療要員で鍛練必要?」
青葉は助手席から、葵の腹を触る。
「やめろ!!」
「さすが締まってるね。いいね。あとで裸見せてよ」
次に青葉は葵の太ももを触った。
「細く見えるけど、筋肉がしっかりしてるね」
はたき落としたい葵だけれど、運転中のため耐えた。
「向日葵ちゃんは相変わらず金髪?」
葵は微かに頷いた。
触られて吐き気がする。本当なら頷くのさえ拒否したい。けれど、答えなければしつこい。
しつこくされるよりは、答える方がマシだと判断した葵であった。
「そっかー。彼女その2も金髪ギャルだったけどさあ。その子10歳年下で、顔はかわいいけどスタイルあんまりよくなかったね。そこが欠点。あと箸が持てない」
こんな腐った奴と付き合う女も腐ってるんだろうと、葵は自慢話を聞かされる旅に呆れてしまう。10歳年下の子はきっと騙されたに違いないと、弟は彼女その2に同情した。
「向日葵ちゃんはさ、ほんとスタイル良いよね。顔は全然好みじゃないけど、スタイルが素晴らしい。帰ったら早速おーがもっ」
そして、子供のころから知っている向日葵を、昔からそういう目でしか見ない事に葵は心底腹が立っている。
桜のことも「子猫みたいな妹系でカワイイ」など評し、葵は気持ち悪さしか感じない。
実家までまだ時間がかかる。地獄のドライブだ。
「結婚しても遊びはいいわけじゃない。一度くらい向日葵ちゃんともお付き合いしたいな」
結婚してまで遊ぶ気しかない兄。
葵の頭には車から蹴り落すか、助手席側だけ事故を起こすか、崖から放り投げるか…などなど、犯罪ばかりが浮かぶ。
「あくまでも遊びでね!秘密の関係ってやつも楽しそうだから、やってみたいんだよね~」
もし向日葵がこんな奴にだまされたらと思うと、怒りしか湧かない葵だった。
◇◇◇◇◇
実家で青葉を降ろすと、葵はそのまま古民家へ向かうために車を庭の中でバックさせた。
「あれ、あおいー!どっかいくの!?」
「帰る」
「ここ家でしょ」
「今、一人暮らし」
そういって、葵はすぐに古民家へ戻った。
「一人暮らし?この村で?」
「お帰り、青葉。葵はすぐ帰っちゃったか」
青葉が振り返ると、父の桐人が玄関から声を掛けていた。桐人はすらりとした背格好で姿勢がよく、顔は青葉と似ている。
「ただいま。ねえ、葵って今一人暮らしなの?」
「そうだよ。仕事の一環でね。一宮の持ってる家で一人暮らし」
葵が去った先を見やり「ふーん、そっか。一宮のねえ」青葉はボストンバックを手に、家に入っていった。