第71話 橘平と桜、向日葵と葵、何も「ない」
文字数 2,258文字
午後は4件の駆除をこなした。どの現場でも橘平のお守りを利用してみたが、そのおかげでとてもスムーズに駆除ができたのだった。
例えばヘビ型20匹を相手にした駆除。そう手強くはないものの、すばしこく、集団で襲い掛かるのが厄介であった。だが、その集団のおかげで八神のお守りが功を奏した。向日葵に全ヘビが集結したところで彼女がお守りをかかげると、すべてがぴたりとそれ以上進めなくなった。そこを葵がまとめて薙ぎ払ったのだ。
橘平はすべて遠くから見学していた。実際の駆除には参加できないけれど、自分の力が彼らの仕事に役立ち、舞い上がるほど嬉しかった。
何もできない人間だと思ってきたが、自分にもできることがあると分かり、多少自信が付いたのだった。
◇◇◇◇◇
終業10分前。橘平が着替えに立ったところで、向日葵は今日の記録を課内共有アプリに入力する葵に声をかけた。
「私も着替えてくるね。そしたらきっちゃん、家まで送ってくる」
「わかった。そのまま帰っていいよ、あとはやっとく」
「ううん、私が戻るまで待っててくれる?話したい事があるから」
「……ああ」
終業時間ぴったりに、向日葵は役場を出て橘平を家まで送った。
◇◇◇◇◇
向日葵が課に戻ると、電気はついているのに葵はいなかった。記録付けは終わったようで、パソコンの電源は落ちている。
トイレにでも行っているのだろうかと考えていると、向日葵の後ろから300mlの緑茶のペットボトルを持った手がすっと現れた。
「お疲れ」
向日葵は首を後ろに向け「ありがと」と、あったかいペットボトルを受け取った。
「ごめんね、待たせて。橘平ちゃんのことで葵の意見が聞きたくて」
私服に着替えた葵は、向日葵に渡したものと同じ、緑茶のペットボトルの蓋を開ける。
「他人の心配ばかりしてるところか」
「気づいた?」
先ほどの橘平の有術が露見したらどうするか、という話題。橘平は自分の処遇について全く問題にしなかった。心配なのは周囲の事。自分については「俺一人が言われたりされたりは全然いい」と発言していた。
躰道を習い始めた話でもそう。向日葵は橘平の護身のためにと勧めたのだが、桜を守ることに役立つと嬉しそうだった。
彼の論点はすべて他人にある。
心優しい少年だ。しかし他の視点からみれば、自分に興味がない、自分を大切にしないタイプの可能性もあった。
この点で、二人は同じことを考えていた。
「橘平君は桜さんと同じようなタイプかもしれない、ってことだろ」お茶を一口飲む。
「うん」ペットボトルを両手に包み、向日葵は自分の席に座る。「家族や友達思いのいい子だな~って思ってたんだけど…いやそうなんだけどね…」
向日葵はペットボトルを手の中でくるくる回す。ふうと一息つき、ペットボトルをぴたりと止めた。
「橘平、桜と同じで、自分が犠牲になって死ぬのはぜんぜん平気系な気がする」
葵は自席のデスクに軽く寄りかかり、ペットボトルを置いた。
「誰かを守りたい気持ちも他人思いの性格も素晴らしいことだけど、自分のことを大事にしないといけない時もあるのよ」向日葵はペットボトルをぐっと握る。「桜のこと全力で守ってとは言ったけど、自分のことも全力で守って欲しいよ」
「確か橘平君、絵が細かすぎて変、だとか言われたんだよな。桜さんは吉野様に並ぶ優れた能力者なのに、菊のせいで認められない」
向日葵は葵を見上げる。
「二人とも、一番の特長を否定されたんだ。だから自分には何も『ない』、自分のことは考えられ『ない』のかもしれない」
「根っこのところが似てるから、お友達になれたのかもね~」立ち上がり、葵の隣に立つ。
「封印を解くには橘平君は必要な人材だ。変に傷つかないように見守ってやらんと」
「なにそれ、きっちゃんのこと物扱いなわけ?」
「そういう訳じゃない」
「今の発言はそうだよ。役に立つからってことでしょ。私はそんなのかんけーないね。あの子が好きだから心配。桜ちゃんと同じなの」ペットボトルの蓋を開け、ぐいっとお茶を飲んだ。
葵は橘平をモノ扱いしたつもりはないけれど、心のどこかで、志を共にする仲間というより「役に立つ子」として扱っているのかもしれなかった。自身の発言を振り返り、葵は深く恥じた。
うつむく青年に、向日葵はペットボトルでこつんと頭を小突く。
「話聞いてくれてありがと。じゃあ帰ろ」
そう言って向日葵は電気を消し、ペットボトルを手に歩き出した。
誰もいないからいいだろうと、葵は薄暗い廊下で向日葵の手のひらに自分の手のひらを合わせる。
葵の冷たい手指が、向日葵のぬるい手の温度を下げていく。
「…こーいうのはダメだってば」
前を向いたまま、向日葵は吐息のような声で呟く。
葵は指を絡めてきた。
「橘平君の有術が」
その言い訳を聞いた向日葵は、葵の手をすぐに振り落とした。
「きっぺーは今日、そんな有術は使ってませーん!!ほら、きっちゃんのこと便利に使ってる、モノ扱いだ、さいてー!」
言い返せない葵は振り落とされた手を引っ込めっられず、宙に浮かしたまま突っ立った。
「こーいう時の態度が、普段から出ちゃうの。油断しちゃいけないんだから!私たちの間には何にも『ない』の!!」
本当は握っていたかった向日葵だけれど、あの話題の後に橘平を利用したことに腹が立った。むしろ、何も言わずに手を握ってくれるだけでよかった。
早足で玄関を目指す向日葵、その後ろを謝りながらついていく葵。一応、玄関を出る直前に向日葵は許し、葵はほっとして帰宅することができた。
例えばヘビ型20匹を相手にした駆除。そう手強くはないものの、すばしこく、集団で襲い掛かるのが厄介であった。だが、その集団のおかげで八神のお守りが功を奏した。向日葵に全ヘビが集結したところで彼女がお守りをかかげると、すべてがぴたりとそれ以上進めなくなった。そこを葵がまとめて薙ぎ払ったのだ。
橘平はすべて遠くから見学していた。実際の駆除には参加できないけれど、自分の力が彼らの仕事に役立ち、舞い上がるほど嬉しかった。
何もできない人間だと思ってきたが、自分にもできることがあると分かり、多少自信が付いたのだった。
◇◇◇◇◇
終業10分前。橘平が着替えに立ったところで、向日葵は今日の記録を課内共有アプリに入力する葵に声をかけた。
「私も着替えてくるね。そしたらきっちゃん、家まで送ってくる」
「わかった。そのまま帰っていいよ、あとはやっとく」
「ううん、私が戻るまで待っててくれる?話したい事があるから」
「……ああ」
終業時間ぴったりに、向日葵は役場を出て橘平を家まで送った。
◇◇◇◇◇
向日葵が課に戻ると、電気はついているのに葵はいなかった。記録付けは終わったようで、パソコンの電源は落ちている。
トイレにでも行っているのだろうかと考えていると、向日葵の後ろから300mlの緑茶のペットボトルを持った手がすっと現れた。
「お疲れ」
向日葵は首を後ろに向け「ありがと」と、あったかいペットボトルを受け取った。
「ごめんね、待たせて。橘平ちゃんのことで葵の意見が聞きたくて」
私服に着替えた葵は、向日葵に渡したものと同じ、緑茶のペットボトルの蓋を開ける。
「他人の心配ばかりしてるところか」
「気づいた?」
先ほどの橘平の有術が露見したらどうするか、という話題。橘平は自分の処遇について全く問題にしなかった。心配なのは周囲の事。自分については「俺一人が言われたりされたりは全然いい」と発言していた。
躰道を習い始めた話でもそう。向日葵は橘平の護身のためにと勧めたのだが、桜を守ることに役立つと嬉しそうだった。
彼の論点はすべて他人にある。
心優しい少年だ。しかし他の視点からみれば、自分に興味がない、自分を大切にしないタイプの可能性もあった。
この点で、二人は同じことを考えていた。
「橘平君は桜さんと同じようなタイプかもしれない、ってことだろ」お茶を一口飲む。
「うん」ペットボトルを両手に包み、向日葵は自分の席に座る。「家族や友達思いのいい子だな~って思ってたんだけど…いやそうなんだけどね…」
向日葵はペットボトルを手の中でくるくる回す。ふうと一息つき、ペットボトルをぴたりと止めた。
「橘平、桜と同じで、自分が犠牲になって死ぬのはぜんぜん平気系な気がする」
葵は自席のデスクに軽く寄りかかり、ペットボトルを置いた。
「誰かを守りたい気持ちも他人思いの性格も素晴らしいことだけど、自分のことを大事にしないといけない時もあるのよ」向日葵はペットボトルをぐっと握る。「桜のこと全力で守ってとは言ったけど、自分のことも全力で守って欲しいよ」
「確か橘平君、絵が細かすぎて変、だとか言われたんだよな。桜さんは吉野様に並ぶ優れた能力者なのに、菊のせいで認められない」
向日葵は葵を見上げる。
「二人とも、一番の特長を否定されたんだ。だから自分には何も『ない』、自分のことは考えられ『ない』のかもしれない」
「根っこのところが似てるから、お友達になれたのかもね~」立ち上がり、葵の隣に立つ。
「封印を解くには橘平君は必要な人材だ。変に傷つかないように見守ってやらんと」
「なにそれ、きっちゃんのこと物扱いなわけ?」
「そういう訳じゃない」
「今の発言はそうだよ。役に立つからってことでしょ。私はそんなのかんけーないね。あの子が好きだから心配。桜ちゃんと同じなの」ペットボトルの蓋を開け、ぐいっとお茶を飲んだ。
葵は橘平をモノ扱いしたつもりはないけれど、心のどこかで、志を共にする仲間というより「役に立つ子」として扱っているのかもしれなかった。自身の発言を振り返り、葵は深く恥じた。
うつむく青年に、向日葵はペットボトルでこつんと頭を小突く。
「話聞いてくれてありがと。じゃあ帰ろ」
そう言って向日葵は電気を消し、ペットボトルを手に歩き出した。
誰もいないからいいだろうと、葵は薄暗い廊下で向日葵の手のひらに自分の手のひらを合わせる。
葵の冷たい手指が、向日葵のぬるい手の温度を下げていく。
「…こーいうのはダメだってば」
前を向いたまま、向日葵は吐息のような声で呟く。
葵は指を絡めてきた。
「橘平君の有術が」
その言い訳を聞いた向日葵は、葵の手をすぐに振り落とした。
「きっぺーは今日、そんな有術は使ってませーん!!ほら、きっちゃんのこと便利に使ってる、モノ扱いだ、さいてー!」
言い返せない葵は振り落とされた手を引っ込めっられず、宙に浮かしたまま突っ立った。
「こーいう時の態度が、普段から出ちゃうの。油断しちゃいけないんだから!私たちの間には何にも『ない』の!!」
本当は握っていたかった向日葵だけれど、あの話題の後に橘平を利用したことに腹が立った。むしろ、何も言わずに手を握ってくれるだけでよかった。
早足で玄関を目指す向日葵、その後ろを謝りながらついていく葵。一応、玄関を出る直前に向日葵は許し、葵はほっとして帰宅することができた。