第83話 橘平、遭遇する
文字数 2,177文字
18時20分ごろ、道着を着た向日葵が「きーくん!こんばんちわ~」大きく手をふりやってきた。
「向日葵さん、こんばんは」
彼女の隣には二宮蓮、後ろにはがっしりした大柄な男性がいる。なんとなくは顔を見たことがある大きな男性について、橘平は記憶を探る。
橘平と蓮はすでに挨拶程度の仲であり、今日も「こんばんは」を交わすと、蓮はそのまま子供たちの方へ向かった。
「やだあ、道着似合う~かわいい」
がっしりした男性が向日葵に尋ねる。「最近入った子?」
向日葵は笑顔から無表情に変わる。「そう、八神橘平くん」またほほえみに変わり「あ、きーくんこっちは」
「きっぺい……〈舎弟のきっぺい〉!?」
柔道場が吹き飛ぶほどの大声に、橘平は耳をふさぐ。
男性は目が飛び出るほど大きく見開き、橘平を凝視した。橘平も大きく見開き、男性の目を見る。
お互い相手と目が離せない。
「あ、あ、あなたがひまちゃんの……思い人!!」
「俺が思い人!? 向日葵さんの!?」
いきなりの言葉に、橘平は目を見開き、ぱちぱちさせる。
「高校生ちゃんよね?うそ、ひまちゃん」
「兄貴、何変なこと言ってんだよ!この子はただの高校生で舎弟!未成年にそんな気持ちあるわけないだろ!ってかなんでその登録名を」
「だだだだだって、ひまちゃん、お酒飲んで〈舎弟のきっぺい〉に電話してたじゃないぃぃ!!」
向日葵は血の気が引く。思い出したくもない失態だ。
「ああ!!あれは…ちょっとこっち!」
向日葵は兄の手を引き、外へ出て行った。
「あの人、向日葵さんのお兄さん? 岩みたい…」
橘平は樹への感想を漏らすと、ふとある事が思い出された。「外国のアメフト選手のようなでかくてごつい体で、優しくて、男気のある長男タイプ…」葵の好みのタイプの話だ。
「いや、まさかね。男女とも二宮が好き?ははは」
橘平がそのことを思い出している頃、葵が柔道場の前にやってきた。
そしてちょうど、二宮兄妹が言い合っている現場に遭遇した。「あのカワイイ系男子高校生がきっぺーなの?女性じゃないの?」「はあ、何いみふめーなこと言ってんだ!!」
話の内容からすると、ついに樹が〈舎弟のきっぺい〉に出会ってしまったようだ。
葵は大きくため息をついた。
「樹ちゃん」
「ばばばばああああアオアオアオちゃん!僕ついに〈舎弟のきっぺい〉に」
「あの子の名前を借りてるのかも」樹の耳に近づき、内緒話のように「事情が、ほら」
樹は、「は!」と半径1キロ以内の空気をすべて飲み込むように息を吸い、「そうか、そういうことなのね…」妹を切なげにみつめる。
「僕は応援する」がっちりと両手で妹の手を握り、稽古場へ戻った。
「ええええ、な、何何??」
「…暴走してるだけだから」
俺のせいで、と心の中で謝罪し、葵も稽古場へ入っていった。
ぽつんと外に一人残された向日葵は、はてはてと眉を寄せながら5分ほど考えた。が、やっぱりよく分からなかった。
戻った樹に、橘平は「きっぺーくん、ゴメンね。僕、樹。ひまちゃんのお兄ちゃんだよ。よろしくね」と話しかけられ、しかも向日葵以上の力で抱きしめられた。どうも、彼らは抱きしめることが好きらしい。
何がゴメンか理解できなかったし、骨が折れそうな危険を感じた橘平であった。
◇◇◇◇◇
時間になり、本格的に稽古が始まった。やっぱり今日は人が多い。絶対的に多い。さらに増えている。
「やっぱ人、多いよな」
橘平がそう口にすると、たまたま隣にいた樹が「今日はウルトラスーパーレアの葵ちゃんがいるからね~」解説してくれた。
よく見ると、橘平の母もいた。
「かあさん……!!」
恥ずかしくて仕方ないが、田舎は情報が早いので、葵のことが母にも何かしらのルートで届いたのであろう。
稽古の前半は基礎固めである。コートの半分が子供、半分が有段者に分かれて行われた。ただ、まだまだ初心者の橘平は、端っこの方で向日葵からマンツーマンで丁寧に教わる。
ちらっと有段者コートに目をやると、葵たちが技の稽古をしていた。そのうち子供と大人合同でバク転やバク宙などアクロバットの練習も始まって、アイドル並みの視線が葵たった一人に注がれる。
保護者たちはまったく子供を見ていない。一般的に自分の子供の成長を感じるために見学し、写真や動画を撮って思い出にするものだが、葵がやってくると自身の子供は視界から消えてしまうらしい。
「葵さんもバク転バク宙、その他もろもろできるんすね」一旦、休憩となった橘平が感想を漏らす。
「小さいころからやってるもん。それに、きったんも私たちの仕事見たからわかるだろうけど、あれくらいの動きはできないとね。私ちょっとだけ、あっちの練習混じってくるね」
橘平も一度は葵にくぎ付けになったが、向日葵と蓮のほうがアクロバットな動きは上手かった。抜群に、と言っていい。向日葵はもちろんのこと、桔梗にクズと評される蓮も環境部に所属しているだけあり、運動能力は高いのだ。アイドルよりも彼らの動きのほうが、橘平をワクワクさせた。
戻って来た向日葵に橘平は、桜から葵との試合動画を頼まれたことを話した。撮ってもいいか、一応許可を取らねばと思ったのだ。
「いいよいいよ~葵には私から言っとくね」
「ありがとうございます。楽しみにしてるっす!」
「ふふん、秒で決めるから。見ててねん、私の雄姿!」
「向日葵さん、こんばんは」
彼女の隣には二宮蓮、後ろにはがっしりした大柄な男性がいる。なんとなくは顔を見たことがある大きな男性について、橘平は記憶を探る。
橘平と蓮はすでに挨拶程度の仲であり、今日も「こんばんは」を交わすと、蓮はそのまま子供たちの方へ向かった。
「やだあ、道着似合う~かわいい」
がっしりした男性が向日葵に尋ねる。「最近入った子?」
向日葵は笑顔から無表情に変わる。「そう、八神橘平くん」またほほえみに変わり「あ、きーくんこっちは」
「きっぺい……〈舎弟のきっぺい〉!?」
柔道場が吹き飛ぶほどの大声に、橘平は耳をふさぐ。
男性は目が飛び出るほど大きく見開き、橘平を凝視した。橘平も大きく見開き、男性の目を見る。
お互い相手と目が離せない。
「あ、あ、あなたがひまちゃんの……思い人!!」
「俺が思い人!? 向日葵さんの!?」
いきなりの言葉に、橘平は目を見開き、ぱちぱちさせる。
「高校生ちゃんよね?うそ、ひまちゃん」
「兄貴、何変なこと言ってんだよ!この子はただの高校生で舎弟!未成年にそんな気持ちあるわけないだろ!ってかなんでその登録名を」
「だだだだだって、ひまちゃん、お酒飲んで〈舎弟のきっぺい〉に電話してたじゃないぃぃ!!」
向日葵は血の気が引く。思い出したくもない失態だ。
「ああ!!あれは…ちょっとこっち!」
向日葵は兄の手を引き、外へ出て行った。
「あの人、向日葵さんのお兄さん? 岩みたい…」
橘平は樹への感想を漏らすと、ふとある事が思い出された。「外国のアメフト選手のようなでかくてごつい体で、優しくて、男気のある長男タイプ…」葵の好みのタイプの話だ。
「いや、まさかね。男女とも二宮が好き?ははは」
橘平がそのことを思い出している頃、葵が柔道場の前にやってきた。
そしてちょうど、二宮兄妹が言い合っている現場に遭遇した。「あのカワイイ系男子高校生がきっぺーなの?女性じゃないの?」「はあ、何いみふめーなこと言ってんだ!!」
話の内容からすると、ついに樹が〈舎弟のきっぺい〉に出会ってしまったようだ。
葵は大きくため息をついた。
「樹ちゃん」
「ばばばばああああアオアオアオちゃん!僕ついに〈舎弟のきっぺい〉に」
「あの子の名前を借りてるのかも」樹の耳に近づき、内緒話のように「事情が、ほら」
樹は、「は!」と半径1キロ以内の空気をすべて飲み込むように息を吸い、「そうか、そういうことなのね…」妹を切なげにみつめる。
「僕は応援する」がっちりと両手で妹の手を握り、稽古場へ戻った。
「ええええ、な、何何??」
「…暴走してるだけだから」
俺のせいで、と心の中で謝罪し、葵も稽古場へ入っていった。
ぽつんと外に一人残された向日葵は、はてはてと眉を寄せながら5分ほど考えた。が、やっぱりよく分からなかった。
戻った樹に、橘平は「きっぺーくん、ゴメンね。僕、樹。ひまちゃんのお兄ちゃんだよ。よろしくね」と話しかけられ、しかも向日葵以上の力で抱きしめられた。どうも、彼らは抱きしめることが好きらしい。
何がゴメンか理解できなかったし、骨が折れそうな危険を感じた橘平であった。
◇◇◇◇◇
時間になり、本格的に稽古が始まった。やっぱり今日は人が多い。絶対的に多い。さらに増えている。
「やっぱ人、多いよな」
橘平がそう口にすると、たまたま隣にいた樹が「今日はウルトラスーパーレアの葵ちゃんがいるからね~」解説してくれた。
よく見ると、橘平の母もいた。
「かあさん……!!」
恥ずかしくて仕方ないが、田舎は情報が早いので、葵のことが母にも何かしらのルートで届いたのであろう。
稽古の前半は基礎固めである。コートの半分が子供、半分が有段者に分かれて行われた。ただ、まだまだ初心者の橘平は、端っこの方で向日葵からマンツーマンで丁寧に教わる。
ちらっと有段者コートに目をやると、葵たちが技の稽古をしていた。そのうち子供と大人合同でバク転やバク宙などアクロバットの練習も始まって、アイドル並みの視線が葵たった一人に注がれる。
保護者たちはまったく子供を見ていない。一般的に自分の子供の成長を感じるために見学し、写真や動画を撮って思い出にするものだが、葵がやってくると自身の子供は視界から消えてしまうらしい。
「葵さんもバク転バク宙、その他もろもろできるんすね」一旦、休憩となった橘平が感想を漏らす。
「小さいころからやってるもん。それに、きったんも私たちの仕事見たからわかるだろうけど、あれくらいの動きはできないとね。私ちょっとだけ、あっちの練習混じってくるね」
橘平も一度は葵にくぎ付けになったが、向日葵と蓮のほうがアクロバットな動きは上手かった。抜群に、と言っていい。向日葵はもちろんのこと、桔梗にクズと評される蓮も環境部に所属しているだけあり、運動能力は高いのだ。アイドルよりも彼らの動きのほうが、橘平をワクワクさせた。
戻って来た向日葵に橘平は、桜から葵との試合動画を頼まれたことを話した。撮ってもいいか、一応許可を取らねばと思ったのだ。
「いいよいいよ~葵には私から言っとくね」
「ありがとうございます。楽しみにしてるっす!」
「ふふん、秒で決めるから。見ててねん、私の雄姿!」