第9話

文字数 660文字

「この宇宙にはね、普遍的に存在する量子真空があるの。その中にね、ゼロポイントフィールドって呼ばれる場があるの。この場にはね、この宇宙の全ての出来事の全ての情報が記録されているの」

 僕は、唖然としながら彼女を見詰める。

「これはね、仏教の唯識思想における阿頼耶識と呼ばれる意識の次元にも通ずるわ。また古代インド哲学のアカーシャの中にも似たような考えを見出せるわ。即ちね、過去から現在までの出来事だけでなく、未来の出来事の情報までもこのゼロポイントフィールドには存在するの」

 自慢ではないが、僕は宗教だの物理だの大の苦手であり、君子危うきに近寄らず、なのである。

「そしてこれらの情報はね、量子力学的な波動情報としてフィールドに記録されているのよ。簡単に言えばね、波動干渉を利用したホログラム原理で記録されているの」

 大真面目に語り続ける彼女。これまでの僕ならば即座に席を立ち、逃げ帰っていただろう。だが、彼女の尊厳の前に僕は立ち上がることも出来ず、時折チラリと見える秘奥の純白に目を奪われ身体を動かすことも不可能だ。

「私、この波動情報を読み取ることの出来る、唯一絶対的な存在なの。宇宙の絶対神ディオ・コスミコの遣わした、エハッド・ナヴィ。それが私」

 不意に彼女は立ち上がる。上半身を不可思議にくねらせ、下半身は相撲の四股を踏む体勢だ。意味不明な奇声を発し始め、それに合わせ謎の踊りが始まる。

 時折足を高く上げるお陰様で、神秘の純白がその都度拝めるのが堪らない。気がつくと僕は床に這いつくばり彼女の踊りを崇め奉っているのだった。
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