第7話

文字数 949文字

 高校から家まで徒歩で20分。

 広田と古舘に見送られ僕ら二人は帰宅の途につく。

 都会仕込みのコミュ力が通じない、いや違う。

 僕は彼女があまりに尊く、話しかけることが出来なかったのだ。

 彼女は東京に全く興味が無く、その線の話は拡がらない。趣味も分からず、得意のグルメ、ファッション話も開花せず。

 無言のまま、川沿いの道をトボトボと歩いている。

 こんな惨めな無惨な気持ちは初めてだ、ましてや女子と二人きりでこんな思いをするとは思わなかった。

 今まで僕の周りにいた女子は、僕といると話が面白い、一緒にいて楽しい、と言ってくれていた。僕には天性の性分があるのだろう、女子に嫌われた経験は皆無だった。

 だが、今の僕は。

 思いを口に出せない。言葉が喉を通らない。思考がまとまらずどうして良いか全く分からない。

 何故か?

 理由はただ一つ。あまりに彼女が美しいから。

 美し過ぎて、尊過ぎて声をかけることが出来ないのだ。きっと敬虔な信者が本尊にある金色に輝く仏像を見て言葉が出ない状況に等しいだろう。

 そう、僕から見て彼女の美しさは神なのだ。

 直視してはならない、気軽に話しかけてはならない、そう思わせる程の美しさを僕に見せつけているのだ。

 僕は彼女との会話を諦め、川沿いの桜の樹を見上げる。未だ三分咲きの桜が東京との違和感を増大させる。二週間前の豪雪の名残雪が道端に薄汚れて退けられ、己の心の陰鬱さを垣間見た気がする。

 だが。隣の美少女の気配が僕の心の澱を浄化してくれているのだろうか、心はこの地に来てからかつてない程軽く暖かく、手を離せば冷たい青空のどこまでも高く昇って行きそうな気がする。

 そんな彼女がポツリと呟く。

「水沢ぐん、下の名前は?」

 水沢翔、と答える。

「翔ぐん。素敵な名前だね」

 ありがと、と呟く。

「ようやく、出会えたのかも知れないわ」

 突如、彼女の口調が変わる。僕は立ち止まり彼女を凝視する。

 彼女も立ち止まり、僕を見上げながら、
「貴方になら、本当のことを話してもいいかも知れない」

 これまでの朴訥な方言は一切なく、冷たい口調で僕をキッと睨みつけながら、
「これから私の家に来てくれるかしら?」

 唖然としながら僕は頷くしかなかった。

 何? 何? 

 僕の脳内は更に混沌と化し彼女の背中を追うだけだった。
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