第1話

文字数 680文字

 今から十数年前の、僕が高校二年生の頃の話である。

 生まれ育った東京を離れ、岩手県の海沿いにある小さな町に引っ越したのがその頃であり、都会の男子高校生というアイデンティティがガラガラと音を立て崩壊したのもその頃だ。

 東京ではどちらかと言えば派手なグループ、今で言う上位カーストに属し、ファッションやグルメや女子を友人達と満喫していた自分が、東北の寒村での田舎生活を余儀なくされてしまうのだからたまったものではなかった。

 引越しの理由は父親の転勤であった。とある造船メーカーのG P S付き魚群探知機の開発主任だった父が、仕事上何かやらかして東北に左遷させられたとばっちりを食った訳である。

 それまで専業主婦だった母も寒村に居を移してからは、昔取った杵柄(きねずか)である漢方薬専門の薬剤師として街の薬屋で働き始めた。

 小五だった弟は私立中学の受験を諦め全校生徒18名の町立小学校に入学した。本人にしてみれば私立中学進学にそれ程興味はなかったようで、それまでの悲惨な受験勉強から突如解放され生来の子供らしさが戻り、却ってそれでよかったのでは、とも当時思っていた。

 研究員であった父は東京本社時代には家にいた記憶が無い、土日祝日も本社の研究棟に籠り如何にして日本近海の漁業資源を枯渇させるかに没頭していたのだが、田舎の寒村の漁港の駐在員になってからは九時五時生活にどっぷりと嵌ってしまい、次第に生気が失われていったものだった。

 土日には漁港の堤防に一人釣り糸を垂らし、一日中釣果も無く過ごしていた。その後ろ姿はもはや廃人の域に達していると当時の僕は背筋の寒気と共に感じていた。
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