57.幸田、慧子を信用し、敵の動きを待つ

文字数 2,612文字

アオイが慧子からエレベーターに向き直った時、エレベーターの扉が開き始めた。中からカスミ(ミツキ)が飛び出してくる。カスミが、慧子を見て表情を変える。
このオンナ! あたしを殺しやがって!
慧子につかみかかろうとしたカスミの手をアオイがつかむ。

カスミがケイレンして倒れる。アオイが接触放電したのだ。

エレベーターの中から、幸田が叫んだ。
アオイ、カスミに何をするんだ!
幸田、アオイの傍らに立つ慧子を見て驚き、銃を向ける。
その女性は、誰だ!
幸田、撃つな。これは、レノックス慧子、あたしの第二のお母ちゃんだ。カスミが慧子を殺そうとしたから、止めようと放電しちまった。

その女性が君を人間兵器に改造したレノックス博士か。そんな人間が、君の母親だって? 気でも狂ったのか?

慧子があたしを改造したのは事実だ。でも、慧子は、事故で両親をなくしたあたしを親身に面倒見てくれた。

罪の意識があったからだろう。
幸田が銃の狙いを慧子の額の真ん中に据える。
幸田、慧子を撃つな!
アオイ、両手を広げて、壁を作るように慧子の前に立つ。しかし、アオイは身長が慧子より頭一つ低いので、幸田が狙っている慧子の頭はむき出しだ。

慧子の気持ちは、罪を償いたいというだけじゃなかった。こんなことを言うと照れるけど、愛情を持って育ててくれたんだ。それが、あたしには分かった。感じたんだ。

(心の中で)アオイの直感は当たる。もしかしたら、レノックス博士は本当に?
慧子は、あたしが国防総省の秘密研究所を逃げ出すのを命がけで助けてくれた。


なんだって? そんな事、初耳だ。
あたしが幸田に話さなかったからな。
なぜ、そんな大切な事を、私に話さなかった?
慧子は、あたしを逃した後も国防総省に残った。慧子を守るため、絶対に口チャックだと思ってた。
それで、私にまで黙っていたのか……君は、私を信じていなかったのか……
あたしが幸田を信じてないだって? 幸田こそ、頭がどうかしてるぞ! あたしには、他の誰を疑っても疑わない相手が4人いる。幸田は、その中でも同順1位だ。
同順1位だって?……じゃあ、もう一人の1位は誰だ!
幸田、そういう事を気にすると、人間がちっちゃくなるぞ。
君が順位をつけるから、いけない。「絶対に信用する」というなら、みなを等しく信じろ。
幸田が銃を降ろして、慧子に目を向ける。
それで、レノックス博士はここで何をしておいでかな? 私は、あなたがエル・リケルメに捕まったものと思っていたが。
国防総省の命令でオトリを務めている。私が国防総省を脱走した芝居を打ったら、すぐにリケルメの部下が接触してきた。それで、ここにいるというわけ。
あなたをここに連れて来た連中は?
始末した。
当然、国防総省があなたをつけて来てるんだろうな?
私の後ろでスズメバチ型偵察ドローンがホバリングしている。もうすぐ、国防総省とCIA合同の追跡部隊が現れる。
幸田、国防総省とCIAのことは忘れろ。連中が来る前に伸一君を助けて逃げればいい。後は、国防総省・CIAとエル・リケルメの問題だ。
そう簡単な話とは思わないが、ともかく下に移動だ。
幸田がミツキを助け起こして、肩にかつぐ。
博士も、よければ、ご一緒にどうぞ。
私も?
後から来る追跡部隊と合流してアオイと闘いたいなら、お残りください。
いいえ、ご一緒します。私は、アオイを守って闘います。
慧子……
親子が一緒に闘えるなら、その方がいいに決まっている。
3人を載せたエレベーターが、地下2階に到着する。

幸田がカスミを肩から降ろしてエレベーターの壁にもたせかける。

カスミ君、大丈夫か?
幸田さん、アオイさん。
カスミではなく、ミツキが答える。
ミツキ、わりぃ。あたし、あんたに電流を浴びせちまった。
アオイさん、気にしないで。私は自分の意識が残っていたから、状況はわかっています。仕方のない事でした。


レノックス博士、お久しぶりです。エル・リケルメに捕まっていなかったんですね。よかった……

ミツキ、あなたが無事でよかった。ところで、カスミさんというのは誰? どこにいるの?
カスミはミツキの妹で、人間兵器への改造手術中に命を落とした。今は霊魂がミツキに取り憑いている。
霊魂?
私も、最初は信じられなかったが、事実だ。カスミ君は、あなたの改造手術ミスで殺されたと思っている
(心の中で)私に殺された? 私はカスミという少女は改造していない。私が改造した少女は、アオイとミツキの二人だけだ。でも、それをここで言っても言い訳としか思われず、カスミさんの霊魂をますます怒らせるだけだろう。
ミツキ君、カスミ君にこれを解析してもらうはずなのだが、彼女に出て来てもらえるかな?
幸田が床のノートパソコンを取り上げ、ミツキの顔の前に持っていく
偵察ロボットが撮影したサーモグラフィーの映像みたいですね。

(頭の中で)カスミ、出て来られる?

カスミの返事がありません。

まさか、あたしが、カスミを殺してしまった?
大丈夫。カスミは生きています。今は、ダウンしているだけです。
あゝ、良かった。
私を信用してもらえるなら、私が解析しましょう。
幸田が、アオイを見る。
慧子は、こういう事にはめちゃくちゃ強い。
アオイが信頼する人間の同順1位だからな。私も信用することにしよう。
まだこだわってやがる。幸田、器が小さいとモテないぞ。
幸田がノートパソコンを慧子に渡す。
この地下2階には、中央の廊下を挟んで両側に小部屋が2つずつある。それと、廊下をまたぐ大部屋が1つ。
大部屋が人間兵器の製造設備だろう。小部屋のどれかに伸一君が監禁されていそうだ。
小部屋の1つに感熱反応がある。小さい。子どもみたい。
きっと、伸一君だ。
エル・リケルメの一味は大部屋にいるってことかな?
大部屋の中は10人までは確認できるけど、後は、人の動きが多くてハッキリしない。

相当な人数がいると思った方がいい。

大部屋の連中は後から来る追跡部隊に任せて、あたしたちは、伸一君を助けて逃げよう。
ちょっと待て。人質に見張りをつけていない所を見ると、人質を閉じ込めた小部屋はエレベーターと同じように指紋認証になっている可能性が高い。


博士だったら、どう攻めますか?

私なら、大部屋の動きを待つ。連中は、内心ではアオイとカスミを恐れているはず。私達がここまで来た事に気付いたら、必ず人質のことを持ち出して私達を脅しにかかる。
そこを逆手に取るわけか。悪くないな。では、ここで向こうの出方を待つとしよう。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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