40. 武器商人、ミツキを商売道具にすることを思いつく

文字数 1,842文字

カレンは、エル・リケルメが人間兵器製造のために用意した施設・設備を案内された。
よく、整備されている。国防総省特別仕様の設備まで、揃っている。国防総省の誰が、あなたに情報を漏らしたのかしら?
うちには、優秀なスタッフがいてね。彼らがオリジナルに考案したものだ。
じゃ、その人達に、私が感嘆していたと、伝えておいて。
国防総省のレベルだと言われて、彼らが喜ぶかどうか? まあ、君の言葉は、そのまま伝えておこう。
だけど、設備は十分でも、不可欠な機器で欠けているものがある。攻撃のダメージ計測用のダミーが見当たらなかった。
ダミー?

そんな物は不要だ。私たちは、実験台に出来る実物の人間に事欠かない。

人間兵器の破壊力は一定の尺度で数値評価する必要がある。実際に人間兵器を売る場面を考えてごらんなさい。破壊力の数値指標をカタログで示さないと商談ができないじゃない。
実験台にする生身の人間に、受けたダメージを計測するセンサーを取り付ければいい。
生身の人間の脳内や内臓の奥までセンサーをつけるとなると、手間のかかる外科手術が必要になる。しかも、ダメージを受けた生身の人間は、十分に回復するまで次の試験に使えない。ダミーならセンサーを組み付けるだけだし、同じダミーを何度でも繰り返し使える。
なるほど。運用コストを考えるとダミーを作った方が安上がりだな。ダミーは新規製作となるが、どのくらいの期間がかかる?
6か月。
そんなに待てない。1か月だ。
無理だわ。
娘を人質に取られている事を、忘れるな。
測定精度を許容できる最低まで落としても、2ヶ月。それ以上は、縮められない。
イイだろう。
人間兵器に組み込むチップの中でも、新規開発が必要なものがある。
国防総省内の協力者から得た情報で、必要なチップはそろえたはずだ。
田之上ミツキに使ったのと同じチップなら、ここにあった。でも、あなたが求めているのは、ミツキのような近距離脳破壊兵器ではなくて、遠距離脳破壊兵器でしょ。遠距離脳破壊兵器に使うチップは、国防総省の私のラボでも60パーセントまでしか開発できていなかった。
そのチップをここで新たに作るとして、費用と時間はどのくらいかかるのかね?
1個1,000万〜2,000万円。開発期間は、私の頭にある設計情報を世界一流の半導体メーカーに提供して作らせたとして、最短で10ヶ月。
バカな!

半年後の武器見本市に出展して初号機を受注しないと、製造施設への投資回収ができなくなる。

それは、お困りね。

でも、技術の時間の流れをあなたのビジネスの都合に合わせることはできない。

ある顧客と半年後に初号機を納入する契約を結んでいるのだ。
仕事の進め方が間違っている。エンジニアを確保し製造工期を詰めてから顧客と交渉するのがスジでしょ。
君に教えられなくても「まっとうな」ビジネスの仕方くらい、知っている。そういう「まっとうな」やり方が通用しないから、私の武器ビジネスは闇の商売なのだ。
そうでしょうね。ここまでのあなたの一連のやり口を見ていると、よく分かるわ。だけど、技術的に無理なものは無理なの。
顧客は急いでいる。人間兵器を使った暗殺計画がすでに進行中なのだ。
「娘の命を預かっている。だから、何とかしろ」――そう脅されても、今の状況で私が作れるのは、田之上ミツキと同じ近距離脳破壊人間兵器だけ。娘の命は大事。今だって、シンシアの代わりに私が死んで何とかなるなら死にたいと思っている。

でも、エンジニアとしての誠意は別問題。技術にかかわることで、私はウソはつけない。

頭の固いオンナだ! だが、あんたがそこまで言うとなると、サボタージュではなくて本当に無理なのだな。
どうする? 近距離脳破壊人間兵器なら、納期に間に合わせて作るわよ。
いや、君には遠距離脳破壊人間兵器の開発に専念してもらう。一刻も早く、本命の遠距離脳破壊人間兵器が欲しい。
契約済みの顧客を説得できるの?
説得など、しない。ちゃんとブツを渡す。
渡せるブツがどこにあるの?
あるさ。今はまだ手に入っていないがね。田之上ミツキを捕まえて顧客に売り飛ばす。
性能にずいぶん差があるわよ。顧客が立てている暗殺計画に支障が出る可能性が大きい。それでもいいの?
エル・リケルメが、蛇が笑ったらこんな顔になるだろうというような顔でカレンを見た。
とりあえず約束の日にブツを渡しておけば、そのあとのトラブルは何とか対処できるものだ。そういうことには慣れている。私がやっているのは「まっとうな」ビジネスではなく、闇商売だからな。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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