103. 誠意・計略・そして、寛容

文字数 1,655文字

アオイ君とレノックス博士には、私から直接「世話役会」の決定を伝えた。


独り、ひとり、個別に会って話した。

なぜ、私を飛ばして、直接二人と話したのです。「シェルター」の掟やぶりです!


二人も、なぜ、この人の話を聞く前に、私に相談してくれかったの!

二人を責めないでくれ。私から、どうしても、直接話がしたいと頼み込んだのだ。
オッサンの言う通り、頼まれたんだ。

そん時、あたしは、このオッサンが真剣で一生懸命だって、わかった。

Mさん、アオイは、他人の殺気を身体で感知して意識するより早く放電します。それだけ直感が鋭いのです。その直感が、「長老」さんの真剣さを察知したのです。
このオッサン、Mさんの事を真剣に心配してたんだ。
私のことを?
アオイ君、ありがとう。だが、ここから先は、私の口から言わせてくれ。


M、いや、牧田博士、……

私の名前を出さないでください。それも掟破りです!
掟……か……。


牧田洋子博士、あなたは「シェルター」が初めて受け入れた被害者だ。あの頃、「シェルター」は小さかった。お互いに命を託し合った同志のグループだった。


その後、「シェルター」は大きくなった。組織になった。組織を維持するためのシステムが必要になり、システムを守るための「掟」が必要になった。

今は、思い出話をしている場合ではないと思いますが。
えーっ、Mさんって、意外に理屈っぽいんだ。幸田みたい。
アオイ、止めなさい。
では、過去に生きている老人のたわごとだと思って聞いてもらってよい。


牧田博士、私は「世話役会」の決定事項をあなたからアオイ君たちに伝えさせることに、耐えられなかったのだ。

アオイさん、あなたが「シェルター」の用心棒になることが、「シェルター」がミツキさんを受け入れる条件です

……そんな事を、牧田博士、あなたの口からアオイ君に語らせたくなかった。

奇麗ごとを言わないでください! あなたは、「シェルター」の決定を聞いた私がアオイさん達を連れて「シェルター」を去ることを恐れた。

だから、私より先にアオイさんと慧子さんの了解を取り付けて、外堀を埋めた。

Mさん、あたしは、自分で納得して引き受けたんだ。正直言って、いつもいつも隠れてこそこそ生きてくのには、ウンザリしてたんだ。
Mが「長老」をにらみつける。
あなたは、アオイさんの、こういう気持ちに付け込んだのですか?

Mさん、いや、牧田博士、あんたは潔癖過ぎるぞ。世界も、人間も、一点のシミもない真っ白なハンカチじゃない。少しのシミに目くじら立ててたら、友達なくすぞ。

レノックス博士は、どうお考えになったのですか?
私は、アオイと運命を共にします。アオイがいる場所が、私がいる場所です。

アオイが「世話役会」の決定に納得しているなら、私に何の異存もありません。

慧子、嬉しいぞ。


だけど、あたしに恋人ができたら別の場所に移っていいぞ。いや、移ってくれ

…………
わかりました。アオイさんと慧子さんがそこまで腹を括っているなら、これ以上、私が言う事は、ありません。
牧田博士、あなたには「世話役」の一人として、「シェルター」とアオイ君たちの調整役を務めてもらう。「シェルター」の「非抵抗・非暴力主義」と現実の自己防衛の必要性の間で苦労をかけることになると思うが、よろしく頼む。
はい。

ところで、ミツキさんとカスミさんのケアは誰が……?

幸田君に「保護者」として、面倒を見てもらう。あなたには、「幸田君」の「世話役」も頼む。
おお~、「牧田組」は解散にならずに、存続できるんだ。いいぞ、いいぞ。
「牧田組」……だなんて、ヤクザみたい。
牧田博士、アオイは、まさしく、そういうノリで言っているのです。国防総省の秘密研究所で、私が『悪名』シリーズとか『女賭博師』シリーズとか、大映の古いアクション映画をタップリ見せたものだから……
江波杏子さんの「昇り龍のお銀」ね。カッコよかったわぁ~。
『兵隊やくざ』も観たぞ。大宮二等兵と有田上等兵は、最高のバディだ。
あら、そう言えば、アオイさんと慧子さんは、あのコンビに似ているわね。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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