26.あたしが殺されたら、ミツキを撃ち殺せ。

文字数 1,780文字

外出から帰った幸田に、アオイはカスミの存在を告げる。
そのカスミとやらいう霊魂がミツキ君の身体を乗っ取って、君を襲っただって? そんな話、信じられるか。霊魂なんか、存在しない。

君を襲った時にミツキ君が別人格になっていたのなら、彼女は乖離性同一性障害を患っているに違いない。

あんたは理屈屋だから、そう言うと思ったよ。昔「多重人格」って言われてたアレだろう? そんなんじゃない。あれは、間違いなく霊魂だ。

君は精神科医ではない。よって、君はミツキ君が解離性同一性障害でないと判断することはできない。そして、君は、巫女でもない。だから、君にはそのカスミとやらが霊魂であると判断することもできない。


出た! あんたは、あたしの直感を信じないで、すぐ、そういう屁理屈をこね出す。だから、話す気乗りがしなかったんだ。

話したくないなら、話さなければいい。私も、君の妄想につき合っている暇はない。
幸田、あたしの話を真面目に聴け。話さなきゃいけない事情があるんだ。だから、こうして、嫌々話してる。
君が話さなきゃいけない事情とは、なんだ?
いいか、幸田、よく聞け。カスミの霊魂は実在する。実在してミツキの身体を乗っ取り、ミツキに与えられた殺傷能力を使うことが出来る。
君がそこまで言うなら、そんなことがあり得るという想定で聴くことにする。
今まで2回カスミに襲われて、2回とも撃退した。カスミは、あいつがあたしを殺そうと思った時には、もう、あたしの放電を浴びていたと言っていた。だから、あいつに襲われても、あたしが勝てるはずだと思ってる。
西部劇のガンファイトにたとえたら、君の方がカスミより早撃ちってことだな。
だけど、万が一ってことがある。あたしがやられちまった時のために、あんたに言っとくことがある。
君が殺されるだなんて、縁起でもないことを言うな!
縁起の話じゃない。あんたが大好きな確率の話だ。1,000回に1回、いや、100回に1回くらい起こらないとは限らないことについて、話してる。

もし、あたしがカスミに殺されちまったら、あんたの拳銃でミツキを撃て。迷わず、一発で殺すんだ。

ちょっと待て。君は、私が止めたのにミツキ君を助けた。それが、なぜ、今度は私にミツキ君を殺せなどと言うのだ。まった矛盾してるぞ。
あんたを悲惨な死に方から守るためだ。
悲惨な死に方とは、どういう意味だ?
拷問にあって長い時間痛めつけられて死ぬってことだ。カスミはあたしの死体を国防総省に引き渡そうとするはずだ。あんたを脅してクルマで国防総省のアジトまで運転させるだろう。

私がカスミでも、同じことをするだろうな。

アジトについたら、あんたは無事では済まない。国防双方の連中は、あんたにあたしとの関係を吐かせようとして、あんたを拷問にかけるに違いない。あんたは拷問で吐くような人間じゃない。ということは、悲惨な死に方をするってことだ。

説得力があるな。
だから、万一あたしがカスミに殺されたら、先手を打て。ためらうな。一発でカスミを殺せ。
カスミに乗っ取られていたとしても、撃てばミツキ君の命を奪うことになる。本当に、それでいいのか?

ミツキは人間なのに、国防総省の手で兵器に改造されちまった。あいつは、あたしの仲間だ。助けたい。だから、あたしがミツキとカスミのそばにいて危険な目にあうのは、気にしない。

アオイ、いったんうつむき、少し考えてから顔を上げ、幸田を見つめる。

だけど、あたしがミツキを助けようとしたせいであんたが拷問にかけられたりしたら、あたしは死んでも死にきれない。

これは、あたしの頼みだ。もし、あたしがカスミに殺されたら、あんたを守るため、カスミをミツキもろとも葬ってくれ。

今君が言ったことは、君に万一のことがあった時には、君の遺言になるということか?
そうだ。あたしの遺言だ。遺言は守られなければならない。
わかった。君の言う通りにする。その代り、私からも君に頼みがある。
なんだ? ややこしい話はごめんだぞ。
絶対に、殺されるな。

君のためだけでなく、私のためにも生きろ。

幸田、やめろ。中年男から「私のために生きてくれ」なんて言われると、キモイ。安心しろ。私は殺されてやる気は、全然ない。ただ、世の中には万一ってこともあるから、念のために遺言を残した。万一の時は、あたしの遺言を守れ。
必ず守る。
じゃ、この話は、これで終わりだ。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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