102. 「シェルター」の決定/その2「現実論」

文字数 1,083文字

結論からズバリと言おう。「世話役会」は、山科アオイとレノックス博士は、「シェルター」が保護する対象としてではなく、「シェルター」を守ってくれる存在として受け入れることを決定したのだ。
「シェルター」を守る? まさか、武力行使を考えていらっしゃるのですか?
君も知ってのとおり、「シェルター」は国家や企業などの大組織から命を狙われる善意の個人を匿うグループだ。ひとたび「シェルター」が受け入れた個人には、その時点で組織と闘うことを止めてもらう。そうしないと、蟻の一穴から「シェルター」という堤防全体が崩壊する危険があるからな。
「シェルター」の原則は「非抵抗・非暴力」主義です。私は、その原則を尊重したから、アオイさん達を守って国防総省と闘うと決めた時に、「シェルター」を抜けたのです。
そうだった。正直に言おう。私は、あの時、君達が生き延びられるとは、まったく思っていなかった。
一般的には、そういう見方になるでしょう。私は、アオイさんと幸田君がいれば、必ず切り抜けられると信じていましたが。
実際、その後の君たちの闘いぶりは見事だった。運に恵まれた面もあったが、運を呼び込むのも実力のうちだ。「世話役会」は、君達の戦闘力に目をつけたのだよ。
戦闘力を活かして「シェルター」の用心棒を務めろ。そういうことですか?
「シェルター」も創設時から比べると10倍以上に膨らんだ。規模が大きくなると、あちこちに綻びが出てくる。君も知っているように、ここ2年の間に、「シェルター」が保護していた人間が1名殺害され、2名拉致されている。「保護者」にも負傷者が出た。
だから、武装抵抗主義に転換するのですか?
原則は、今まで通り「比抵抗・非暴力主義」だ。

しかし、「シェルター」に対する急迫不正の侵害に対する最低限度の防衛力を備えるというのが、「世話役会」の結論だ。

その最低限度の防衛力がアオイさんとレノックス博士の2人だというのですか?

私は、そのような発想を受け入れることはできません。

アオイ君とレノックス博士が「シェルター」の用心棒になることが、君とミツキ君、幸田君を「シェルター」に迎え入れる条件だと言ったら?
本当に、それが、「世話役会」全会一致の結論なのですか?
君は、私を疑うのか?
「シェルター」は、綻びが生じただけではない。腐ってきましたね。
あたしは、用心棒稼業オーケーだよ。
暗がりから、アオイが姿を現した。続いて、慧子も。
私たちのような時限爆弾を飲み込むんです。その見返りとして用心棒をしろという要求は、特に過大なものではない。世間相場です。
アオイさん、慧子さん、あなたたち、どうしてここに!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色