27. カスミ、心の内を明かす

文字数 3,141文字

アオイ、ミツキ(カスミ)の3人がベッドルームに引き揚げた後、幸田は居間にひとり残り、暖炉の火を見つめながら考えていた。

万一自分がカスミに殺されたら、カスミをミツキもろとも殺せとアオイに言われて、私はためらった。だが、こうして自分の心を見つめ直すと、カスミがアオイを殺したら、アオイに言われていなくても、私はカスミを殺すだろう。

階段がきしむ音がして幸田が目を向けると、階段の途中でミツキが立ち止まった。
どうした? 眠れないのか?
幸田は気づいていないが、階段に立っているミツキはカスミに身体を乗っ取られている。
あんたこそ、あたしのことが恐くて眠れないか?
幸田、少女の口調が、彼が知っているミツキの話し方と違う事に気づく。
カスミ君なのか?
幸田はヒッップホルスターに納めた銃を抜きかけて、止める。
撃たないのか? あたしを殺さないと、あたしがアオイを殺すぞ。
君がアオイを殺さない限り、私は君に手を出さない。
「手を出さない」だって? 寝ぼけたことを言うな! あんたは、アオイのボディガードだろ。
君を撃つと、ミツキ君まで殺してしまう。アオイが助けたいと願っているミツキ君の命を奪うことはできない。
アオイも、あんたも、甘いな。
アオイは、「甘い」のではない。理不尽を見過ごしにできないのだ。
どういう意味だ?
国防総省は、アオイとミツキ君を人間兵器に改造し、テロリスト狩りの道具にしようとした。人間を道具扱いするのは理不尽だ。ミツキ君が国防総省に戻ると、道具として使われ続けることになる。アオイは、ミツキ君にそうなって欲しくないと願っているのだ。
アオイとあんたみたいに、国防総省とCIAを恐れて逃げ回る生活は惨めだ。あたしは、お姉ちゃんに逃亡者の惨めな暮らしをさせたくない。
君の考え方も理解できる。アオイもそう思ったから、アオイと国防総省のどちらにつくかは、君とミツキ君で相談して決めろと言ったのだ。
だが、あたしたちに殺される気はないとも言ったぞ。

当然だ。人間が、他人の都合で命を奪われることがあっては、ならない。君たちがアオイを殺そうとしたら、アオイは自分の命を守るために反撃する。正当防衛だ。

なるほど、変なことを言っているようで、アオイはアオイなりに筋が通ってるわけか。そういう意味では、あんたも筋が通ってる。
ありがとう。私は、人から「筋が通っている」と言われるのが、一番うれしい。
それにしても、あんたは、なんで、国防総省とCIAを敵に回してまで、アオイにくっついてんだ?
立ち話は疲れるだろう。ここに下りてきて、座らないか。飲み物でも出そう。といっても、ティーバッグの紅茶しかないが。
紅茶は、あたしの好物だ。
幸田、自分の椅子から90度の位置にカスミの椅子をしつらえ、カスミを手招きしてから、紅茶を入れにキッチンに立つ。
幸田、紅茶の入ったカップ2つをトレイに載せて戻って来る。

カップをカスミに差し出す。

「私が、なぜ、アオイと一緒にリスクを冒すのか?」 という話だったな。
そうだ。あんたも、命が危ないんだぞ。
それは、運命だからさ。
運命?
最初は仕事だった。ある人物から、CIAの秘密施設を脱出する少女の保護を依頼された。それがアオイだ。だが、アオイを守っているうちに、自分がアオイを守っているだけでなく、自分もアオイに救われていることに気づいた。そして、アオイと共にあることが自分の運命だと思うようになった。
シュールな話だ。理解に苦しむ。
理解できなくて当たり前だ。私自身、自分の人生にこんなことが起こるとは思ってもみなかったのだから。だが、起こったんだな、なぜか。
運命か……

親子も、運命なのか?

そうだろう。
幸田がアオイと共にあるのが運命だと思っているように、親も子と共にあるのが運命だと思っているのだろうか?
私は子どもを持ったことがないから、分からない。
幸田の親は、どうだったんだ?
どうなのだろう? 私は親がいることを当たり前に思っていて、親子の関係について考えてみることは、なかった。考えないうちに、両親を早くに失くしてしまった。今の私が持っている良いものの多くは父と母から受け継いだものだということくらいしか、両親について語れることはない。
あたしの親は、お姉ちゃんのことは自分たちの運命だと思ってたかもしんない。だけど、あたしがいることは「何かの手違い」だと感じてたんだと思う。
手違い?
お姉ちゃんがすることは、なんでも、あたしの両親を喜ばせた。両親に迷惑をかけるようなヘマをしたときでも、子どもらしくて可愛いと言って、喜んだ。だけど、あたしのすることは、あたしの親を喜ばせなかった。ヘマなんかしたら、ものすごく怒らせた。
君のご両親が本当に何を思っていたのかは分からないが、君がそういう気持ちを持ってしまったことは、不幸な現実だな。
「お姉ちゃんの顔を見ていると春の陽ざしに温められているみたいだけど、あなたの顔を見ていると冬の木枯らしにさらされている気がする」母に、そう言われたことがある。
(心の中で)どのような状況での発言かはわからない。だが、言葉だけをとらえると、およそ母親が娘に言うべき言葉ではない。
カスミが手元のカップに目を落とした。
あたしの家では、いつも、お姉ちゃんが日向であたしが日陰だった。
日向と日陰?
カスミが、うつむいたまま続ける。
お姉ちゃんは、明るく可愛い。その上、よく気がつく。父と母が何をしてもらいたがっているのか、お姉ちゃんにはすぐわかって、それを先回りしてやってやるんだ。
うつむいたままそこまで言ってから、カスミがハッとしたように顔を上げた。
言い方が悪かった。お姉ちゃんは「やってやってた」わけじゃない。自然に、できちゃうんだ。気に入ってもらおうとか、褒めてもらおうとかじゃない。無意識にできてしまう。
世の中には、確かにそういう人がいる。そういう人は、周りから愛される。私は、全然違うが。
あぁ、あんたは正反対だ。「悪気マイナス10パーセント、悪印象プラス50パーセント」ってタイプだ。
「悪気マイナス10パーセント、悪印象プラス50パーセント」とは、どういう意味だ。
善意でやったことが、相手に悪印象を与えるってことさ。
幸田は思わず紅茶を吹き出した。
なるほど、確かに、そういうことがよくある。


(心の中で)これは、私にたとえてカスミ自身のことを言っているのだろうな。

お姉ちゃんは、勉強もよくできた。いつも学年トップだった。あたしも上位10パーセントに入ってたけど、お姉ちゃんがトップだから、あたしは親から褒められたことがない。
本当か?
本当だ。あたしだって、いつも頑張って勉強してたのに……
頑張ってることをキチンと認めてほしいところだな。それに、学年のトップ10パーセントは、結果としても立派だ。
幸田は、勉強は、できたのか?
出来たか、出来なかったかと訊かれたら、出来た方だな。ただし、数学がまるっきしダメだった。今でも、数字が苦手だ。
あたしは、数学が一番得意だ。それから言っておくが、数学が出来ることと数字を上手く扱えることとは無関係とは言わないが、決してイコールではない。
そうなのか?
今のドタバタが収まったら、あたしが幸田に数学を教えてやってもいいぞ。
(心の中で)うん? 「今のドタバタが収まったら」と言うのは、どういう意味だ?


紅茶、空になったな。新しいのを入れてこよう。

あたしは、お代わりはいらない。部屋に戻って寝る。お姉ちゃん、今日は精神的に相当疲れてた。こういう時は、身体もゆっくり休ませてやらないとな。
そうだな。
じゃ、おやすみ。
おやすみ。
階段に足をかけたカスミが、ちらりと幸田に視線を投げてよこした。幸田が軽く右手をあげて応えると、カスはまっすぐ前を向き、階段を昇って行った。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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