3.フリースクール

文字数 2,094文字

次の朝。

目覚めたアオイがダイニングキッチンに現れる。

ふぁ~、よく寝た。寝る前にグジャグジャ気になってたことは、ほとんど消えた。睡眠の効果は絶大だ。


うん、なんだ、この匂い?

おい、幸田、部屋中コゲ臭いぞ。どうなってんだ?

パンを……焦がした。
アオイ、トースターの中のパンをのぞき込む。
焦げた……ってか、炭になってるぞ。
トースターにクセがあって、日によって焼き上がりがちがう。
だったら、そのクセを理解して使え。
私の頭は、そんなことを理解するためにあるのではない。

イヤだったら、食べなくていい。

コンビニでなんか買って、食う……と言いたいとこだが、財布がスカスカだ。

この炭を、食べる。マーガリンをくれ。それから、コーヒーも。うげっ、このコーヒー、酸っぱい!

幸田が差し出したカップからコーヒーを一口すすって、アオイはプッと吹き出す。
げっ、なんだ、このコーヒー? 酸っぱくて飲めねぇ。
それは、きのうの朝の残りだ。
大切な朝の出だしに、コーヒーくらい、新しく淹れんかい!
私には……
そんなことに使ってる時間は、ない。そう言いたいんだ。
その通り。

淹れたてのコーヒーが飲みたかったら、自分で早起きして淹れろ。炭になったパンを食べるのがいやなら、自分でトースターのクセを理解して使いこなせばいい。

私にも、そんなことに使ってる時間と頭は、ない。


(心の中で)幸田の奴、昨夜のことを引きずってるな。あたしと違って、気分の切替が下手だからな。

君は、時間と頭を何に使っているのだ?

私には、何のためにも使っていないように見えるが。

思春期の乙女は、中年のオッサンにはわかんないことに、大切な時間と頭を使っているんだよ。

じゃあ、行ってくる。

帰り道にブラブラするな。また、きのうみたいなトラブルに巻き込まれると、困る。
とか言って、あんた、あたしに早く帰ってきて欲しいんだろ。独りが寂しいんだ。


あんた、中身は別として見た目はイケてんだから、頑張って自分の彼女を作りな。そしたら、あたしも、うるさく世話を焼かれないで助かる。

アオイ、通っているフリースクールに着く。


9歳の伸一が、もじもじしながら寄ってくる。後ろ手に何かを持っている。

ア、アオイお姉ちゃん、おはよう……


ボ、ボクね……あの、これ……

後ろ手に持っていた画用紙を差し出す。そこには、アオイそっくりの人物画。
うわっ、すっごい上手。あたし、そっくり。

(心の中で)てか、あたしより、美人。

そ、それ……アオイお姉ちゃんに……あげる……。
おぉ、伸一、ありがとう。傷まないように、大切に持って帰るよ。太一先生に紙の筒をもらって、それに入れる。


伸一、あたしの絵でなくてもいいから、また、絵を見せろ。

うん、また、見せるね。
伸一、廊下をバタバタとかけていく。

アオイは、事務室に太一先生を探しに行く。太一は、「あすなろ園」のスクール長で、ただ一人の専任教師だ。他の教師は、大学生や元教師のボランティアで、全員が揃うことはめったにない。

子どもたちには好かれている。子どもたちは親しみを込めて「太一先生」と呼んでいる。まだ20代に見えるが、実は30を出ていて、企業勤めの経験があるという噂もある。

太一先生、この絵、伸一君が描いてくれたんです。紙の筒に入れて持って帰りたいんだけど、事務室にありましたよね。表彰状を入れるみたいなのが。
ほい、これ、紙筒。おっ、上手な絵だなぁ~

アオイ君にそっくりだ。というより、少し盛ってあるか?

あれ、気がついちゃいました。
伸一君は、小学校でひどいイジメにあって、ここに来た。初めの頃は、ビクビク怖がって誰とも話せなかった。それが、アオイ君のおかげで、ずいぶん明るくなった。ありがとう。
太一先生、「あたしのおかげ」ってのは、伸一君に失礼ですよ。伸一君は、自分で自分を助けたんです。
「自分を自分で助けた」……か。イイこと、言うなぁ。
太一先生、おだてても、何も出ませんよ。あたし、今日、財布、スカスカですから。
アオイ君、今日でなくていいんだけど、近々、時間とれるかなあ?

高卒認定試験の件で、ゆっくり話したいんだ。

そのことなら、もうちょっと、考えさせてください。

伯父の意見も、あらかじめ聞いておきたいし。

そっか。

そうだな、今すぐ急ぐことじゃないから。気が向いたら、声をかけてね。

そうさせてください。
ところで、今日から、新しい仲間が入るんだ。

後でみんなに紹介するけど、アオイ君と同じ17歳なので、アオイ君には先に紹介しておきたい。今、面談室で待ってもらっているから、会いに行こう。

あ、はい。
太一先生が面談室のドアをノックすると、中から少女の声が「はい、どうぞ」と答える。太一先生がドアを開けて中に入ると、少女が緊張した面持ちで立っていた。
田之上さん、君と同い歳の仲間がいるので、先に紹介しておくね。
山科アオイ です。よろしく。
田之上ミツキ です。

同い歳の山科さんがいてくださって、なんか、とっても、安心です。

田之上ミツキ と名乗った少女が、頭を下げる。

頭を上げた田之上ミツキ の顔を見て、アオイは息を飲んだ。それは、昨日、半グレどもに暴行されそうになっているところを助けた少女だった。

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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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