64. 門出

文字数 2,507文字

アオイ、ミツキ(カスミ)の3人は、新宿にあるMのスナックに呼び出された。
Mさん、お久しぶりです。
アオイさん、「お久しぶり」って、あなた、この間会ってから2週間も経っていないわよ。


あっ、なんか、こういう時は、「お久しぶりです」って言うような気がしちゃって。
アオイ、頭をかく。
ミツキさん、カスミさんとは、これが初対面ね。


Mです。スナックのママだから、M。よろしくね。

スナックのママだから「M」? ベタなネーミングだな。
カスミ、なに、失礼な事を言ってるの!


わかりやすくて、良いネーミングじゃない。

それを「ベタ」だと、言っている。
幸田君から聞いてはいたけど、本当に、にぎやかで楽しそう。


アオイさん、今は、私の前で猫をかぶってるわね。いつもは、3人で、漫才を楽しんでるんでしょ?

てへ、わかっちゃいました。
アオイ、頭をかく。
人里離れた雪深い山奥に身を隠すという、あなた達には辛い結果になってしまって、ごめんなさいね。
いいんです。私達から、お願いしたことですから。

(心の中で)雪下ろし、雪かきの事を考えなかったのうかつだったけどな……


私のせいで周りの人が危険な目に遭うのを、もう、見たくありません。
わかった。

あなた達の心が決まっているのなら、私が言うことは、ない。

幸田は、あ、いえ、幸田さんは、元気にしてますか?
幸田君のことで、あなた達に話さないといけないことがある。
幸田、どこか悪いのか? 精神の方をやらてしまったのか? あんたがイジメたんなじゃないだろうな!
「M」さんに限って、それはあり得ない。
あの、それで、幸田さんは……?
あっ、そうだった。大丈夫、幸田君は、元気よ。


でも、幸田君は、アメリカ国防総省に顔が売れすぎてしまった。彼は「保護者」ではなく、保護される側に回る。あなた達と同じ立場になるの。

それで、幸田は、なんて名前になって、どこで暮らすんだ?
アオイさん、ごめんなさい。でも、あなたは分かっているわよね。
「M」のグループに守られている人間は、お互い同士、知り合ってはいけないルールだったな。
そのとおり。


(心の中で)ルールで禁じられていなかったとしても、幸田君がフリースクール「あすなろ園」にボランティアで入って伸一君をガードすると、アオイ達に教えるわけにはいかない。アオイ、ミツキ、カスミの3人にとって、心の重荷になってしまう。

もう、幸田には会えないのか……
カスミ……
さて、あなた達の新しい世話役を紹介するわね。

(2階に続く階段に向かって)みんなに顔を見せてちょうだい。

30代後半らしき理知的で落ち着いた女性が階段を降りて来て、挨拶する。
初めまして、御前崎燈子(オマエザキ トウコ)です。よろしくお願いします。
山科アオイです。よろしくお願いします。
田ノ上ミツキです。よろしくお願いします。
見た目ではわからないだろうけど、ミツキに取り憑いてる霊魂の田ノ上カスミだ。時々出てくるけど、驚くなよ。
時々じゃなくて、しょっちゅう、出て来ます。私を完全に乗っ取ることもあるから、気をつけてください。
乗っ取られると、ミツキさんの顔まで変わるのですか?
いえ、私のままです。でも、アオイさんと幸田さんによると、カスミに乗っ取られている時の私は、表情がキツくなるそうです。
あたしがお姉ちゃんに、ガッツを吹き込んでやるからだ。
アオイの小鼻がひくひくし始める。
うん、この匂いは? 


アオイ、燈子に近づいて、身体中をくんくん嗅ぎまわる。
あっ、これ、慧子だ。


慧子、整形しても、名前を変えてもムダだ。あたしの鼻が、あんたを嗅ぎつける。

燈子さん、私があげた香水、つけてきた?
つけてきたんですけど・・・・・・
そんな手が通用するものか。


母親が香水を変えたくらいで、嗅ぎつけられなくなる子どもは、いない。


特に、あたしは、鼻が利くんだ。

母親って・・・・・

アオイ、あんたにはお母ちゃんかもしれないが、あたしには、仇だ。


お姉ちゃん、こいつ、殺していいか?

カスミったら、そんな気ないくせして意地悪言うのは止めなさい。


博士、またご一緒出来るなんて、夢みたいです。


あっ、メガネはどうしたんですか? コンタクトに変えたのですか?

燈子(慧子)、困りきった顔でMを見る。
燈子さん、いえ、慧子さん、もうバレちゃったんだから、教えてあげなさい。
整形手術のついでにレーシックもやったの。裸眼で1.0見えるようになった。
1.0か? 不便な奴だな。あたしなんか、裸眼で2.0だぞ。
私も、1.2見えます。
お姉ちゃん、1.2で自慢すんな。
あら、1.2でも、凄いわ。あなた達、今の日本では絶滅危惧種よ。私なんか、10代から、ずっとコンタクトを使っている。
まだ、ハードしかなかった頃からですか?
アオイ、つまらない冗談を言わないの。
あっ、叱られた! 慧子に叱られた。


慧子!

アオイが慧子に抱き着く。
博士!
ミツキも慧子に抱き着く。
お姉ちゃん、あたしの仇とベタベタすんな!
ミツキ、「博士」って呼ぶのは、やめろ。よそよそしくて、気分が盛り上がらない。

それから、あたしを「さん」づけで呼ぶのも、止めろ。あたしは、あんたのダチだ。

じゃ、慧子さん、アオイ! 一緒に雪山で頑張ろうね。
二人とも……
二人じゃねぇぞ、三人だ。 2回も、あたしを殺すな…
カスミ、ミツキ、それから、アオイ…

あなた達と一緒にいられるなんて、こんな幸せなことは、ない。

燈子(慧子)の目に熱いものがにじんで、頬を流れ落ちる。
え~っ、慧子、あんたが泣くのを見たのは初めてだ。あんた、泣くことができたのか?


うわ、なんだか、あたしも泣けてきた。

アオイが、ボロボロ泣き出す。
アオイ、慧子……
ミツキも泣き出す。
あゝ、あゝ、まったく、先が思いやられるね……


こんな泣き虫どもと、冬山サバイバルできるのか?

カスミさん、大丈夫よ。これだけお互いを思っている仲間同士なら、冬山でもなんでもサバイブできるわ。
はは、そうであることを祈るよ。

あたしは、お姉ちゃんに運命をゆだねるしかないからな。

Mと、ミツキの中のカスミが微笑んで見つめる中、アオイ、ミツキ、慧子の三人は抱き合って泣き続けるのだった。
『アメリカ国防総省/人間兵器番号20185 山科アオイ』 《 完 》
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色