65. ある日のアオイ、ミツキ、カスミ

文字数 1,619文字

東京郊外の安アパートの一室。アオイが窓辺に立って、雪を頂いた奥多摩の山々を眺めている。
来年の今頃は、あれより、ずっと雪深い山奥で暮らしてるのか。
アオイの後ろで洗濯物をたたんでいるミツキの中から、カスミが話しかける。

アオイ、お前、大学に行きたかったんだろ? 雪深い山奥なんかに引っ込んでいいのか?

あたしのせいで、伸一君は人質に取られた。あたしと付き合う人間は、いつ、人質に取られるかわからない。

カスミ、私たちは普通の人たちの間にいてはいけないのよ。

人間を捨てるって言うのか? 

友達をつくるのも……

カスミ、言葉を切る。ミツキの顔にカスミの表情が現れ、ミツキ(=カスミ)がうつむく。
カスミ、あんたらしくないぞ。言いたいことがあるんなら、最後まで言え。
カスミ(=ミツキ)、思い切ったように顔を上げる。その頬が赤らんでいる。
人を好きになったり、恋したりすることも……できないのか?
カスミの思いつめたような声にハッとするアオイ。

ミツキがカスミの表情のまま、絞り出すような声で言う。

カスミ、あなた……

二人とも、なに思いつめた顔してんだ? お姉ちゃんは、あたしと違って可愛くて性格がいい。男性に好かれるだろう。だから、お姉ちゃんは恋もしてみたいかな……って、ちょっと思っただけだ。
つまり、あたしは可愛くなくて性格も悪い。そう言いたいわけだ。
そうだよ。だけど、幸田は、あんたのことを自分の運命だと言ってた。よりによって、あんたのことを……
(心の中で)しまった! 藪からヘビをたたき出しちまった。幸田の阿呆、いつ、そんな余計なことを言ったんだ。
(心の中で)どうしよう。カスミは幸田さんに恋している。でも、カスミは私の身体を使わないと幸田さんと結ばれない。私は幸田さんが好き。だから、そうなってもいいかもしれない。でも、それでは、カスミと私が幸田さんをめぐって三角関係になってしまう。
(心の中で)カスミの奴、やっぱ幸田に惚れてたのか。あたしは、構わない。幸田とあたしは恋愛とかそういう関係じゃない。だけど、カスミはミツキの身体を借りないと、幸田と結ばれない。ミツキがその気になっても、それは三角関係だ。この恋は、初めから「詰んで」ないか?
二人とも、急に黙り込んで、気持ち悪ぃな。あれか? 自分が恋をしたかったことに、今さら気が付いたか? 残念だな。恋は諦めて、屋根の雪下ろしをしな。

うん? ちょっと待て。 屋根に積もった雪を下ろすのか?

冬場は毎日雪下ろししないと、雪の重みで家がつぶれるそうです。

家が雪に埋もれてしまわないよう、家の周りの雪かきも mustだそうです。

それはマズイ。東京生まれ、東京育ちのあたしには、とても無理だ。

今からでも、南海の孤島に変えてもらおう。

Mさんが、隠れ家は、いざという時は歩いて脱出できる所にすると言っています。人がめったに寄り付かない所というのも条件だそうです。

両方にマッチするのは、人里離れた雪深い山奥しかないんだよ。

あきらめて、真面目に雪下ろし、雪かきするんだな。

あんたも、たまには、ミツキの身体をのっとって、雪かきしろ。
アオイさん、それ、意味ありません。疲れるのは、私の身体です。

ところで、最近、幸田が全然姿を見せないな。あいつは、何してるんだ?

わかんねぇ。「M」に訊いたけど、はぐらかされた。あたし達が雪山に旅立つまでには教えてくれると言ってた。

アオイ、お前、心配だろう?

幸田が生きてることはわかってんだ。別に、心配なんかしない。
「M」さんが教えてくれると言っているんだから、それを待ちましょう。
アオイも、それでいいのか?
あたしは、「M」さんを信じてる。
そぉか。あんたたち二人が気にしてないなら、それでイイさ。

あぁ、それでイイのさ。


そうかい。あたしは、ちょっと眠る。

室内に沈黙が訪れる。

5分ほどして、アオイが表情でミツキに尋ねる。

寝ています。
そうか……今は、それしかないな。
アオイとミツキ、顔を見合わせてため息をつく。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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