12.アオイの進学問題

文字数 1,835文字

アオイがフリースクールから帰宅すると、いつものように、幸田がダイニングキッチンのテーブルで本を読んでいる。

普段なら、幸田を避けて自分の部屋に直行するアオイが、ダイニングに入り、幸田の斜め前に腰をおろす。


あのさぁ、ちょっといい?
幸田が読みかけていた本を閉じ、アオイを見る。
なんだ?
あたし、2日前に、有名私大の英語の入試問題を解いたんだよ。


フリースクールにも高校生が通ってるから、「赤本」があるんだな。



「赤本」って、何?
大学の過去の入試問題を集めた本だ。表紙が赤いから、通称「赤本」。


「過去問」って呼ぶこともある。

あゝ、それとは違う。


新しく来たイズミって先生が、その過去問を自分のパソコンで打ち直したものらしい。


それで、あたしの出来が、すっごく良かったんだよ。今の学力でも、合格できるっていうんだ。

それは、すごいな。


それで?

「それで?」って、イヤな聞き方をする男だね。


それで……だよ。


それで……そのイズミって先生が、あたしなら、授業料の安い国公立大学でも狙えるって……そう、言うんだよ。

アオイは、どうなんだ?


大学に行きたいか?

大学なんか行って、表の世間を大手を振って歩くと、CIAに見つかるかもしれない。


だから、今も、人目につきにくいーーって、こういう言い方しちゃうと、仲間に悪いんだけどーーフリースクールに通ってるんじゃない。


CIAのことはひとまず措いて、アオイは、どう思うんだ?
あたし、勉強が、そんな好きなわけじゃない。


ただ、興味のあることには、どっぷりハマる方なんだ。


でも、それだけだったら、今は、ネットで世界の一流大学の授業を受けられたりするから……

大学は、興味のないことも勉強しないと、卒業できないからな。

私は、数学が苦手で、入試に数学のない私学に入った。

ところが、経済学部を選んだもんだから、必修で数学をやらされて、参った。

経済学って、お金とかモノの動きを研究するんだろう。

数学が必要かどうかは知らないけど、数字は、いっぱい使いそうじゃん。

ははは、おっしゃる通り。


経済学の理論研究の主流は、数学をめいっぱい使う。現実の経済の動きを研究する時は統計学を使うが、統計は数学の一種だ。


じゃ、入試に数学がない経済学部って、経済学の研究者を育てるのには、不利だってこと?
ま、学問的な見方からは、そういうことになるだろう。

私が卒業した経済学部も、近々、入試に数学を取り入れるそうだ。


話がそれた。元に戻そう。

アオイの頭と国語、英語、数学の基礎力があれば、興味の分野についてネットで大学の講義を受けるだけで、相当なレベルに行けると思う。

なんだよ、急に。

おだてたって、何にも出ないよ。

あたしの財布がスカスカだってことは、小遣いをくれてるあんたが、一番よく知ってるはずだ。

私は、人をおだてる人間ではない。それは、君が一番よく知っているはずだ。


君は、ふだんは、ろくな言葉づかいをしないが、その気になれば、言葉を使うのが上手だ。その上に、物事の「つかみ」が速い。

「つかみが速い」って、どういう意味だ?

君のふだんの言葉づかいで説明してあげよう。


「細かいことはわかんないけど、この話って、つまりは、こういう事じゃん」


という感じで、勘どころにすぐ気付くと言う意味だ。

直観に優れている。ただし、細かいところは見えていない。見えないのではなくて、元々、見る気がないのかもしれない。

持ち上げといて、結局、落としてんじゃん。

そういう君だから、大学という場に身を置いて、興味がないことや役に立ちそうにないことまで勉強させられることに意味があると、私は思う。


一度忘れてしまってもいいんだ。卒業してから、思いがけない時にヒントになることがある。自分の興味の外の世界があることを知るだけでも、意味がある。

あんた、あたしに、大学に行けと言ってるの?
大学は、誰かに命令されて行く所ではない。自分が行きたいと思って、行く所だ。


ただ、君が大学に行きたいのであれば、私は行かせてあげたい。


でも、こればかりは、私の一存では決められないんだ。相談しなければならない人がいる。

「相談しなければならない人」って、あたしたちに隠れ家をあてがってくれて、生活費を出してくれてる人のこと?
そうだ。その人に、

「君が大学に行きたがっていて、私も行かせたいと思っている」

とそう伝えるつもりだが、いいか?

あ、ありがとう。
礼は無用だ。


君が私のことをどう思っているか知らないが、私は、君の保護者のつもりでいる。これは、保護者として当然のことだ。

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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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