39. カレン 対 武器商人

文字数 1,997文字

イズミが姿を消して10分も経たずに、鉄の扉が開いた。

山中で襲ってきた連中と同じ黒ずくめの衣装で軽機関銃を脇に抱えた男が二人入ってくる。その後ろから、ビジネススーツ姿の若い女性が入ってきて、カレンを縛っている紐をほどいた。女性がカレンの耳元でささやく。

失礼ですが、お手洗いを今のうちに済ませておかれては…… もうすぐ、私どもの上司が参ります。話は、多少長くなるかと。
じゃ。
カレンが立ち上がると、軽機関銃を持った男二人も動き出す。
あら、そちらのお二方もお手洗い?
いいえ、見張りです。
男性二人で?
もちろん、廊下で待たせます。
中には、あなたがついてくるわけね。
仕事ですので、悪しからず。
いいわ……トイレで「しりとり」でもして遊ぶ? きっと楽しいと思うわ。
残念ですが、今日は時間がありません。次回のお楽しみということで……
それは、残念。
カレンが部屋に戻ってイスに座り直すと、武装した二人と女性が部屋を出て行った。


入れ替わりに、初老の男性が入ってくる。

ブラックマン博士、お会いできて光栄だ。


私はエル・リケルメ。エルとでも、リケルメとでも、好きに呼んでくれ。

男が右手を差し出すが、カレンは無視する。

男が部屋の隅から折りたたみイスを運んできて、カレンの前に据え、腰を下ろす。

噂には聞いていたが、これほどの美人とは……「輝くばかりの美貌」とは、君のためにある言葉だな。
お褒めにあずかって、光栄だわ。
君は、美人であることの恩恵を、タップリ受けてきたに違いない。周りの男性が君だけに提供する少しの親切、少しの便宜……それが積み重なって、君を今の高みに押し上げた。
リケルメさん、あなたは、二つ、大きな勘違いをしている。


勘違いその一。私は大勢の男性から親切にしてもらってきた。でも、私が頼んだのではない。みなさんが進んでしてくださったの。お断りしては、失礼だわ。


勘違いその二。国防総省特殊兵器局は美貌だけでのし上がれるような甘い所ではない。私の今の地位は、99パーセント、私の兵器開発者としての実力で勝ち取ったもの。

99パーセントが実力、残りの1パーセントが美貌の力……というわけかな?

想像に任せるわ。


くだらない話はこのくらいにして、本題に入ったらどう?

私の顔を眺めるために、拉致したわけじゃないでしょう。

では、単刀直入に言おう。


私は、君に人間兵器を作らせるため、ここに連れてきた。人間兵器を闇の武器マーケットで売って、世界中に普及させる。それが、私の目的だ。

私が武器商人のために人間兵器を作るですって? あり得ない。人間兵器はテロとの戦いの切り札で、アメリカ合衆国の安全保障の根幹を成すもの。その製造技術は、アメリカ合衆国が独占すべき。


たとえ殺されても、武器商人のために人間兵器を作ることは、ない。

一瞬で楽に死なせてもらえると思い込んでいる人間に限って、「たとえ殺されても」などと軽々しく口にするものだ。

どういう意味かしら?

「緩慢な死」というものを、知らないかね? たっぷり時間をかけ、延々と苦しませる。途中で、君の方から「早く、殺して」と泣いてすがってくるくらい、ゆっくりやる。

あら、それは、ものすごく悪趣味ね。
その通り。悪趣味だ。時間もかかる。


しかも、途中で気持ちを変えさせることができても、そこまでに与えた傷をいやすのに時間を取られてしまう。

ビジネス的には、割に合わないわね。
そのとおり。割に合わない。そこで、私は、もっと、無駄のない方法を取ることにした。


君は、人間には、みなボタンがついていることを知っているかね? そのボタンを押されると相手の言いなりになるしかなくなる、そんなボタンだ。

エル・リケルメが指を鳴らすと、彼の斜め後ろの壁がスクリーンに変わった。芝生の庭でレトリバー犬と戯れている5歳くらいの白人少女が映し出される。息を飲むカレン。
可愛いお嬢さんだ。しかも、5歳にして、もう、美人の片鱗が現れている。


さすが、国防総省屈指の美女、カレン・ブラックマン博士の血を引くだけのことはある。

シンシアは、離婚した夫が私から奪っていった。もう、私とは何の関係もない。
なるほど。君はシンシア・ブラウン――君の実の娘――と、無関係だと言う。では、今、この映像を撮影している人間に命じて、シンシア・ブラウンを狙撃させても、君は何の痛みも感じないだろう。
エル・リケルメがブレザーの胸ポケットからスマホを取り出し、タッチパネルに指を持っていく。
待って! シンシアに手を出すのだけは、止めて!
エル・リケルメが指を止めて、凍り付くような冷たい視線をカレンに向ける。
私のために人間兵器を作る意思表示だと、理解してよいかな?
あなたも、シンシアには絶対に手を出さないと約束しなさい。
もちろんだ。


取引成立を祝して、シャンペンで乾杯しよう。それとも、シャンパンはお嫌いかな?

できれば、フランス産ではなく、カリフォルニア産で。
いいだろう。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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