２．幸田を撃退
文字数 2,226文字
アオイが3DKのアパートに帰ると、ダイニングキッチンで40代前半くらいの男性が本を読んでいた。男性が本から目を上げて、アオイを見る。
お帰り。遅かったな
この男性は、幸田幸太郎。ただし、それは偽名。本名はアオイも知らない。アオイと幸田は、表向き叔父と姪を装って暮らしている。
図書館に長居しすぎた。
図書館のあと、公園に行った。その後、交番に寄った。色々あったようだな。
アオイ、顔色を変える。
生体トラッキングシステムをONにしてるのか！
幸田、黙ってうなずく。
CIAの追手が迫った時しか使わない約束だぞ。いつから、ONにしてた？
3ヶ月前からだ。
3ヶ月も、あたしに無断で、あたしをつけ回してたのか！ まるでストーカーじゃねぇか！
3か月前、君がバス停で若い男に接触放電するのを見た。
そんなことで、トラッキングシステムをＯＮにしたのか！
バス停には防犯カメラがあった。CIAが防犯システムをハッキングして映像を見たかもしれない。
日本に防犯カメラがいくつあると思ってんだ！ それを全部のぞき見するなんて、とんでもない手間だぞ。
CIAは、君を見つけるためなら、どんな手間だってかける。君は、決して放電能力を使ってはならない。
あいつは、禁煙のバス停でタバコを吸ってた。ちいさな男の子が咳しだして、若いお母さんが「タバコをやめてください」と頼んだ。だけど、奴は知らん顔しやがった。
それで、その男に接触放電したのか？
バス停には、いろんな人が来る。喉の弱い人、ゼンソクもちの人、タバコの煙に弱いちっちゃな子ども。だから禁煙なんだ。自己中にタバコを吸う奴は、許せない。
気持ちは分かる。だが、放電はやり過ぎだ。話せ。コトバで止めさせろ。
話したさ。JKが何を言うって、鼻で笑いやがった。そういう奴には実力行使だ。
幸田、宙の一点を見て少し考える。そして、アオイに向き直る。
君のような力を持った人間は、その力を他人に使ってはならない。
「化け物」が、普通の人間様に手を出すな。そういうことか？
私は、君のことを「化け物」などと思ったことは、ない。君と私は、同じ人間だ。ただ、君が持っている特別な力の使い方には気をつけろと言っている。ボクサーは普通の人間とケンカになっても、パンチは使わない。それと同じだ。
言ってる意味が、わかんねぇ。
君は、相手の身体に触れて放電する接触放電で相手を気絶させる。離れたところから放電する非接触放電では、相手を殺してしまうかもしれない。
好きでそんな力を持ってるわけじゃない。あたしが事故にあって気を失ってる間に、国防総省があたしを人間兵器に改造した。非接触放電の方が強力なのは、テロリスト暗殺用の人間兵器だからだ
テロリストの20メートル以内に接近して非接触放電し、感電死させる。感電死は不自然だが、そんな暗殺方法があるとは誰も考えないから、暗殺手段として効果的だ。
言っとくけど、あたしはダミー人形を相手にした訓練以外で非接触放電したことは、一度もないからな。あたしはターゲットの周囲５メートル以内の人間を全員巻き添えにしちまう。だから、今夜も、女の子を巻き添えにしないよう、接触放電で野郎二人を倒した。
女の子？ 女の子が乱暴されかけていたのか？
そうだ。その子を助けるために接触放電した。あたしは、人として当たり前のことをした。あたしの力をああいう時に使わないで、いつ使う！
しかし、君は、ものすごい危険を冒した。
野郎どもも、女の子も、きれいに記憶を消した。
君が気づかないうちに誰かに見られていたら、どうする？ 今は、誰でもスマホで撮った画像をネットにアップできる時代だ。君が放電で人を気絶させる画像がネットに出たら、たちまちCIAに見つかるぞ。
幸田、ちょっと待て。悪いのは、あたしを人間兵器に改造した国防総省だ。改造されたあたしを暗殺任務に使おうとしたCIAだ。あたしは被害者だ。なのに、あたしがこそこそ暮らさなきゃならないのは、おかしいじゃないか！
すべては生き延びるためだ。耐えろ。
最低最悪だな。くそっ！
アオイが右の拳でテーブルを叩く。
まぁいい。あたしが力を使わなきゃ、あんたは安心できんだろ。だったら、「力」は使わない。あたしは、あんたに恩があるからな。
私は、君に恩を着せるつもりなど、まったく、ない。君にそんな風に思われたくない。
アオイ、顔の前で右手をひらひら振ってみせる。
わかった、わかった。何でもいいから、今すぐトラッキングシステムを切れ。あたしは放電能力を使わない。あんたは、あたしを見張らない。それで、ディールだ。
幸田がトラッキングデバイスを取り出し、オフにする。
すべては生き延びるためだ。耐えろ。
これで、この話は終わりだ。二度と、蒸し返すな。あんたとくだらない言い合いをして、疲れた。あたしは、もう寝る。
アオイ、自室に引き揚げる。
わかった、わかった。
何でもいいから、今すぐトラッキング・システムをオフにしろ。
あたしは放電能力を使わない。あんたは、あたしを見張らない。それで、ディールだ。
幸田がトラッキングデバイスを取り出し、オフにした。
これで、この話は終わりだ。二度と、蒸し返すな。あんたとくだらない言い合いをして、疲れた。あたしは、もう寝る。
自分の寝室に引き揚げたアオイ、ベッドに身を投げ出す。
あたしは幸田との間に溝を作りたくない。だけど、あたしのこの忌々しい力が、幸田とあたしを引き裂こうとする。くそっ、くそっ！
アオイ、両こぶしでベッドを叩き続ける。
