28.アオイ、新宿行きを命じられる

文字数 1,908文字

幸田に打ち明け話をした翌日、カスミは、ミツキの中で沈黙したままだった。


そして、その翌日の朝……

追われる身とはいえ、小屋にこもってばかりだと気分がくさくさしてくる。ピクニックにでも行くか。
おおっ、いいな! ここにはテレビもないし、退屈しきってたぞ。
うわ~、楽しみです。私、お弁当つくります。
お前ら、幸せ者だぞ。お姉ちゃんは料理上手だ。
なんだ、あんた、まだいたのか。 昨日一日声を聴かなかったから、やっと成仏したと思ってたのに。
アオイ、勝手に人を殺すな。
はぁ~、カスミはあたしの命を狙ってるんだぞ。なんで、あんたがカスミの肩を持つんだ!
肩を持っているわけではない。相手が誰であっても、冗談で殺すのはNGだと言っている。他の何を冗談にしてもいい。だが、人の「生き死に」だけは冗談にするな。少なくとも、私の前では。
アオイと幸田の間に漂う緊張した空気を和らげようと、ミツキが明るい声を出す。
じゃ、私、キッチンに行って、お弁当つくりを始めます。
あたしも手伝うぞ。ここで幸田と待ってる気になれない。
ミツキとアオイはキッチンに入って料理を作り始める。
アオイさんって、意外に器用なんですね。
「意外に」とはなんだ。あんたまで、あたしを怒らす気か?
あっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて、あの……その……
あは、冗談だよ。あんたの反応が見たくて、怒って見せただけ。
もぉ~、アオイさんったら……
わりぃ、わりぃ。悪いことをしたって言えば、さっきの冗談は確かにイカンかった。幸田が正しい。


カスミ、聞いてたら、ごめんな。謝る。

アオイはミツキを手伝っているうちに、すっかり機嫌をなおした。

アオイ、ミツキ(カスミ)、幸田の3+1人は、森の木々の間を散策したり、川で魚釣りをしたりして、ゆったりと時間を過ごした。


翌朝、アオイは幸田の部屋に呼び出された。

アオイ、ちょっと、都心まで出かけてこい。


「出かけてこい」って、あんたとミツキは、どうするの?
私は、ミツキ君とここに残る。今日は、少し山歩きしてくる。
(声をひそめ)あんたとあたしが二人で出かけたら、何かをたくらんでいると、カスミが疑うからか?
ほほぉ、大雑把そうでいて、案外、細かいことに気がつくな。


(心の中で)カスミ君なら、もう大丈夫だ。だが、そう判断する根拠は、カスミ君の密かな打ち明け話だから、ここでアオイに話すわけにはいかない。

言葉に気をつけろ。

あたしは、17歳の繊細で傷つきやすい乙女だ。

駅まではクルマで送っていく。あとは、このメモの住所に、一人で行くんだ。

新宿駅南口を出てから目的地までの地図を書いてある。スマホを出せ。

アオイは、ネット検索もメールも出来ず、ただ、LINEで幸田とつながっているだけのスマホを取り出して、幸田に渡した。


幸田は電話帳に連絡先を追加する。

これが行先の電話番号だ。

ただし、電話で道を聞くのは、どうしても困った時だけだ。

出来る限り、地図だけで行け。他人に行き方を尋ねるな。交番は論外だ。

アオイ、電話帳に追加された行先を見て、いぶかしそうに幸田に尋ねる。
「スナック華」……


幸田、あんた、金に困ってるのか? それなら、あたしは、バイトでもなんでもするぞ。

だけど、スナックみたいな人目につく所は、まずくないか?

バイトじゃない。今日だけ、行ってくればいいんだ。


今から行ったら、開店前に着けるはずだ。勝手口に回ってノックして、「幸田の使いの者です」と言えば、開けてくれる。

だけど、あんたは、ミツキ、いや、カスミと2人きりで、本当に大丈夫なのか?
カスミが私の命を狙うとしても、それは、君を倒したあとのオマケとしてだろう。君がいない時に私だけを攻撃することには、意味がない。


(心の中で)カスミがこっそり打ち明けてくれたことを内密にしておくには、この言い方がベストだろう。

そう言われてみれば、そうだな……

わかった、行ってくる。

スナックに着くのは、ちょうど昼飯時だろう。昼飯は、スナックで食べさせてもらえ。私から、そのように頼んである。


外食したり、お茶したり、ゲーセンしたり……

アオイ、面倒くさそうに、幸田のコトバをさえぎる。
ブラブラするなってことだろう。分かってるよ。


国防総省とCIAがすぐ近くまで迫ってるかもしれないんだ。用を済ませたら、すっ飛んで帰ってくる。

それなら、よろしい。向こうに、君とミツキ君の着替えを用意してもらってある。ミツキ君には、君が協力者の所に着替えを取りに行くと言っておく。
わかった。
幸田は、アオイとミツキ(カスミ)の2+1人をクルマに乗せ、最寄りの駅まで送った。
アオイさん、よろしくお願いしま~す。
ミツキに手を振って見送られて、アオイは駅の改札をくぐった。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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