64. ある日のM

文字数 1,180文字

都内の廃工場。

Mは、彼女が属すグループの「長老」と二人切りで会っていた。

君が我々のグループを去る前の最後の頼みだと言うから、我々がレノックス慧子を保護し、彼女に国防総省を告発する文書を書かせマスコミに送らせたが、効果がない。

ネットでも発信しましたが、フェイクだという声が圧倒的です。CIAが組織的につぶしにかかっているのでしょう。

技術的な裏付けがないのが、痛い。せめて、設計図でもあればな……

博士は、身一つで逃げ込んでくるしかなかったですから……
国防総省のデータベースにも侵入できなかったようだな。

レノックス博士が何度もトライしましたが、さすがにガードが固くて……

アオイ君とミツキ君は、自分達が生きた証拠として名乗り出ると言ったそうだな。

ええ、自分たちの脳のCT画像をマスコミに公開するとまで、言いました。


見上げたガッツだ。しかし、二人が姿をさらすのは、リスクが大き過ぎる。

レノックス博士、幸田君、私の三人で必死に説得して思いとどまらせました。
賢明な判断だ。

CIAと国防総省は、奥多摩山中に米軍仕様の武器を遺棄し、厚生総合病院の爆破では死者を出した。そのことで各国の諜報機関の注意を引き、日本では身動き取れずにいる。

それでも、アオイさんとミツキさんが表に姿を現したら、黙って見逃さないでしょう。

国防総省の告発は手詰まりだ。これ以上告発を続けても、我々のリスクが高まるだけだ。

このあたりで、レノックス慧子という存在を消すしかない。

わかりました。

グループを抜ける私の無理な願いをお聞き届けいただき、本当にありがとうございました。

Mは、「長老」に向かって深々と頭を下げた。

君のことだが、「世話役」会の全会一致で、君には我々のグループに残ってもらうことになった。アオイ君・ミツキ君の面倒をみてあげて欲しい。

私は、厚生会総合病院から伸一君を連れ出すところを監視カメラに撮られています。CIAと国防総省から敵として認識されてしまいました。私がグループに残ると、みなさんにご迷惑をおかけします。

アオイ君とミツキ君は未国防総省に拉致されて人間兵器に改造された。しかも、未成年だ。国防総省とCIAを敵に回すことになったとしても、この二人を保護しなければ、我々の組織の存在意義がなくなる。そういう結論になった。
グループにとっては、大きなリスクです。
リスクがあっても、スジを通さねばならん時がある。今が、その時だ
長老……
君は、これからは、アオイ君とミツキ君専任の「世話役」になってもらう。二人がさらされている危険の大きさを考えると、君には彼女たちの保護に専念してもらうべきだ。
幸田君は、どうなるのですか?
彼には、特別にやってもらいたいことがある。すでに、彼の同意もとってある。

君の下には、新しい「保護者」をつける。といっても、新米だ。君がしっかり指導してやってくれ。

わかりました。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色