38. 裏切りのCIA工作員

文字数 1,422文字

カレンは、硬いイスの上で目覚めた。両足を縛られ、背中に回された両手はイスの背に括りつけられている。窓のない、打ちっ放しのコンクーリートで出来た箱のような部屋。

鉄製のドアが開いて、女性が入って来た。その顔を見て、カレンは、息を飲んだ。

ブラックマン博士、ご気分は、いかがですか?
イズミ、あなた、ここで、何をしているの?
博士を裏切った事を、一応お断りしておこうと思いまして。
私達を裏切った? どうして、そんなことを!
博士も、CIAの現地採用工作員になったら、わかります。
どういうこと?

シリアがISの支配下に落ちた時、シリアで活動していたアメリカ人CIA工作員の大半が引き揚げた。しかし、その下で働いていた現地採用の工作員と協力者は取り残され、ほとんどがISに殺されてしまった。

ここは、シリアではないわ。
どこの国でも、同じです。現地採用の末端工作員はアメリカ人工作員にアゴで使われ、一番汚い仕事をさせられ、そして、何かあったら真っ先に切り捨てられる。だから、私は、CIAに捨てられる前にCIAを捨てた。
どうやって、私達を待ち伏せできたの?
簡単です。あなたの考えそうな事を想像しただけです。
イズミが、カレンの鼻先にスマホの画面を突きつけた。画面には、子どもに向かって突進するイノシシが突然死する光景が映っていた。
私、偶然、ツイッターでこの映像を見たんです。そして、ピンときた。これは、ミツキの仕業に違いないって。

本当に、偶然だったの?

全くの偶然です。電車で移動中に、ふとスマホでTwitter をのぞいたら、目に飛び込んできたのです。

「CIAを捨てるのは今だ」という天の声だと思いました。

NSAの監視チームがこの映像を見落とすはずがない。NSAから通報を受けて、私たちが動き出すに違いない。あなたは、そう考え、知り合いの悪党に入れ知恵した。

ええ、末端の工作員をしていると、色々、悪い知り合いが出来てしまうんです。そういう知り合いの一人に、こう教えてやった。

「ブラックマン博士は、ドローンを使って多摩川周辺の別荘、山小屋、ロッジ、キャンプ場をシラミ潰しに当たってくる。私がアオイに変装しておびき寄せれば、博士は間違いなく乗ってくる」
あれがあなたの変装だったとは……一刻も早くアオイを捕まえようと、焦ってしまった。

カレンが唇をかみしめた。
それで、あなたは、今はその悪いお仲間と一緒に働いているわけ?
いいえ。私は、もう、誰とも一緒に働く気はありません。自分の好き勝手に生きることに決めたんです。


スイスにある私の口座に裏切りの報酬が振り込まれています。贅沢しすぎなければ、一生、食べるのに困らない金額です。南の島にでも行って、ノンビリ暮らします。

私にそんな値打ちがあったとは、驚きね。
博士と人間兵器製造技術が手に入るなら、幾らでも払うっていう人間が山ほどいます。その中の一人と共通の知人がいて、私はラッキーでした。
それは、誰なの?
もうすぐ、本人が自己紹介しに現れます。

では、博士、私は、これで。

お会いせずに消えてもよかっのですが、博士は、私が仕えた上司の中では一番マトモな方でしたので、ご挨拶してから去りたいと思いました。

気にかけてくれて、ありがとう。

(心の中で)勝利宣言しに来ただけでしょ。


せっかく大金を手に入れたのだから、健康に気を付けて、長生きしてね。

(心の中で)CIAがあなたを地の果てまでも追いかけて殺すわよ。

もちろんです。

博士こそ、どうぞ、ご無事で。

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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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