19. 疑惑の大島病院

文字数 2,664文字

君とミツキが衝突した。残念ながら、私が恐れていたことが起こってしまったな。
そのことだけど、あたしはミツキが本当にあたしを襲ってきたかどうか、わからないんだ。
どういうことだ?
あたしの意識が飛んだんだよ。で、次に気が付いたらミツキが倒れてて、備品庫の配線があちこちでショートしてた。あたしが非接触放電したんだとは思う。だけど、自分では放電した記憶がまったくない。
反射的に反撃したから意識にないのではないか? プロ野球の一流のバッターは、無意識のうちに身体が動いてボールをヒットする。それと同じことが起こったのだろう。
その説明は、あたしにはピンと来ない。あたしはテロリスト暗殺用の人間兵器だ。ターゲットをこの目で確認して、「こいつで間違いない。放電するぞ」と意識してから放電するように作られてるんだ。それが、とっさの反撃だからって、全然記憶がないのは変だ。
アオイ、うつむいてため息をつく。
私は、君が奇襲攻撃を受けた時は反射的、無意識にやりかえしてもおかしくないと思う。だが、この話は長くなるから、ひとまず後回しにしよう。

ともかく、私が予想した通り、ニセ救急車がミツキを回収しに現れたな。

アオイが顔を上げる。
交通事故に遭ったあたしが担ぎ込まれたのも、この病院だったかもしれない。救急車で担ぎ込まれた時もニセ救急車で連れ出された時も、意識がもうろうとしてたから確信はないけど。
「肉屋」とつるんでいる病院が1ヶ所だけとは限らないだろう。

だが、この病院の悪事を暴けば「肉屋」に打撃を与えることができる。

幸田、それは手を広げ過ぎじゃないのか?
どういう意味だ?
幸田のグループは専守防衛の方針なんだろう。あたしが国防総省と闘うことからして、マズイんじゃないのか? その上「肉屋」とまで闘うことになったら、手を広げ過ぎだろう。
国防総省の方から君を襲ってきた。国防総省と闘うのは「正当防衛」だ。私のグループは、「正当防衛」は禁じていない。
確かに国防総省と闘うのは正当防衛だな。「肉屋」が国防総省と一緒にあたしを攻めてきたら反撃する。それも正当防衛だ。

だけど、「肉屋」と「大島病院」の悪事を暴くのは別の話だろう。

君は、「肉屋」が憎くないのか?
憎いにきまってんだろう。交通事故で重傷のあたしを病院からさらって国防総省の秘密研究所に連れ込んだのは、「肉屋」だ。
私は「肉屋」がどんな残酷なことをやっているか、良く知っている。こうして話している今、この瞬間にも「肉屋」に内臓を抜かれている子どもたちがいると思うと、私は我慢がならない。
幸田、いつも冷静なあんたらしくないぞ。「怒ってる」オーラを出しまくってる。
私が「肉屋」の悪事を暴くのは、感情的な動機からではない。「肉屋」の悪事を暴いて身動き取れなくすれば、国防総省は「肉屋」を使えなくなる。国防総省は、君を追撃する作戦で負傷者が出たら「肉屋」と提携している病院に連れ込んで治療させる思惑に違いない。「肉屋」が動けなくなると、その思惑が外れる。
それは、そうかもしれないけど。

国防総省のような強力な敵と闘う時は、相手の一番弱い所を叩いて、戦力を奪うのが定石だ。「肉屋」を叩くのは、行ってみれば、「先制的な正当防衛」だ。
「先制的な正当防衛」? なんか、矛盾してる感じがするなぁ。
矛盾なんか、してない。ともかく、我々はニセ救急車をたどって、大島病院までたどり着いた。ここで攻撃の手を止める理由はない。
まぁ、それはそうだな。あたしは、ニセ救急車の中でニセ救急隊員を接触放電で気絶させてるからな。今さら後戻りする意味はないな。
わかってもらえたようだな。では、手順を説明する。このニセ救急車で病院に乗り付けて、私が病院の連中に、君が撮影した写真をつきつける。
それで、あたしは何をすればいいんだ。
君は、ニセ救急車の中から病院の連中の反応をビデオ撮影する。その映像を、私が連中に見せた写真と一緒にインターネットで拡散させる。これで「大島病院」に警察の調べが入る。うまく行けば、「肉屋」も警察に追及される。そこまで行かなくても、「肉屋」は自由に動けなくなる。
なるほど。
念のため、ニセ救急隊員を縛り上げるぞ。
幸田が上着のポケットから電気配線のコードを束ねるのに使う結束バンドを取り出し、アオイに渡す。

幸田がヒッポホルスターから取り出した拳銃でニセ救急隊員たちを見張っているなか、アオイが3人を後ろ手に縛り終える。

よし、いよいよショータイムだ。行くぞ。

幸田はビデオカメラをアオイに渡し、ニセ救急車を発進させる。


幸田がニセ救急車を救急外来に乗り付けると、年配の医師と4人の男性看護師が救急車を待ち受けていた。

救急車から幸田が下りたつ。医師達の間に動揺が走る。幸田が両手を縛って助手席に載せておいたニセ救命士を引きずり出すと、病院側の人間たちから「あっ」と声が漏れる。

この写真をみろ。

なぜ、救急隊員が拳銃を持っている? そんな隊員が患者を連れてくるこの病院は、いったい、どういう病院だ?

年配の医師が答える。
救急隊員について、我々が知るわけない。救急隊員のことなら、東京消防庁に聞いてくれ。
消防庁に問い合わせれば、「フリースクールあすなろ園」からの救急搬送依頼を本物の消防署が受け付けたかどうか、わかるぞ。あんたたちが、これがニセ救急車だと知っていて、待ち受けていたことも分かる。
我々は、まっとうな医療機関だ。
それは、どうかな? おたくには、臓器売買ビジネスに関わっているという噂があってね。

ニセ救急車は、臓器密売業者が、臓器を切り取って売り飛ばす患者をおたくらに届けるための道具だろう

どこで、そんなバカな話を聞いたんだ?
もっぱらの噂なんだよ。

だが、このニセ急隊員たちを見ると、ただの噂ではなさそうだ。

あんた、何が欲しい?

金か? いくらだ? 金なら、いくらでも何とかする。

私に黙っていてほしければ、1兆円払え。
バカを言うな! そんな大金を出せるわけがないだろう。
おや、「金ならいくらでも出す」と言ったのは、ウソだったのか? 

まっとうな医療機関だと言うなら、ウソをついてはいけないなぁ。

せっかく、こっちが穏やかに話をつけようとしているのに、わかってないようだな。

ここは病院だ。お前の命くらい、どうとでも出来るんだよ。

病院の中から、看護師の制服を着ているが、顔つきと身のこなしはアメリカ海兵隊員のような男性が5人、出てくる。その中の一人がアオイに向かって怒鳴る。
おい、クルマの中の女、撮影を止めろ!
幸田とコワモテの5人がにらみ合う形になった。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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