105. アオイ、ミツキとカスミに向き合う

文字数 2,601文字

Mのスナック。


アオイと幸田がカウンターに並んで座っている。アオイは、自分と慧子が「シェルター」の用心棒として働くことになった本当の経緯と、ミツキとカスミ向け説明の両方を幸田に話して聞かせたところだ。

用心棒の件は、君が納得しているなら、私に異論はない。


それで、ミツキ君とカスミ君への説明だが、いま聞かせてくれた筋書きを、君が考えたのか?
もちもち、もちの重ね餅だ。


うまい事、考えただろう?

おお、素直に脱帽だ。私にも、そういう上手い筋書きは思いつかなかっただろう。
幸田、あんたと比べて褒めてもらっても、嬉しくない。あたしは、あんたとは、ここの出来が違う。
アオイが指先で自分のこめかみを叩いてみせる。
これは、失礼しました。
わかれば、よろしい。

これで話は決まった。

早くミツキ君とカスミ君に説明してあげたほうがいい。君とレノックス博士だけが「M」に呼び出され、今度は、こうして私まで呼び出されたので、あの二人は何が起こっているのかと心配している。


それで、二人への説明には「M」と博士にもついてきてもらうのか?

いや、幸田とあたしだけの方がいい。前振りの部分は、幸田に任せたぞ。
わかった。任せろ。
アオイと幸田は、「M」がアオイ、ミツキ(カスミ)、幸田のために用意してくれた隠れ家に戻る。

ミツキ(カスミ)が緊張した面持ちで二人を出迎える。

今、「M」のスナックで、「シェルター」の「世話役会」の決定を聞かされてきた。


ミツキ君、カスミ君、アオイ君を、「シェルター」が保護することが決まった。

あたし達は、アメリカ政府のお尋ね者なのに、引き受けていいのか?
君たちは、アメリカ政府に拉致され、望んでもいない人間兵器に改造され、兵器として使われたくなくて脱走したら、今度はアメリカ政府から命を狙われている。こんな理不尽な話はない。

君たちのような理不尽な圧力を受けている個人を守らなかったら、何のために「シェルター」があるのか、わからない。

でも、「シェルター」のみなさんからすると、大変なリスクを引き受けることになりますよね。幸田さんから「M」さんに、私たちがとても感謝していたとお伝えください。
おい、マッド・サイエンティスト慧子の話がなかったけど、あいつも、あたし達の仲間入りするんだろう?

あいつは、あたしには仇だが、アオイの「第二のお母ちゃん」だそうだから、アオイに免じて、仲間に入れてやるぞ。

「シェルター」は、レノックス博士は受け入れない。
えっ! なぜですか?
おい、アオイ、大変だぞ。
あたしだけ先に呼ばれたのは、慧子が「シェルター」に入れないことを聞かされるためだった……
レノックス博士は、今は悔い改めているとは言え、元々は国防総省の一員として、君たちを人間兵器に改造した張本人、いわば、加害者だ。「シェルター」は被害者をかくまって守るグループで会って、加害者を守るグループではない。
でも、レノックス博士は、国防総省の人間兵器プロジェクトを告発しました。内部告発者と同じです。内部告発者を組織から守るのは、「シェルター」の仕事ではないのですか!
博士は、国防総省に命を狙われるに決まっている。それを、「シェルター」は放り出すのか?

おい、アオイ、お前も何とか言え! 「シェルター」がお前の母ちゃんを見捨てると言ってるんだぞ!

これは「世話役会」の決定だ。君たちは、もちろん、私が何を言ってもひっくり返すことはできない。「M」にだって、「世話役会」の決定を変えさせることはできない。
完全にカスミの表情になったミツキが幸田に食ってかかろうとするのをアオイは手で制した。
あたしが、慧子を守る。
あんたは、「シェルター」の中にいるのに、どうやって?
あたしも「シェルター」を出て、慧子と暮らす。国防総省やCIAが慧子を狙ってきたら、あたしが撃退する。
アオイ、お前はお姉ちゃんを見捨てる気か?

お姉ちゃんは、お前を信じたから、国防総省を捨ててお前に着いてきたんだぞ!

そのお姉ちゃんを捨てて、博士を守ると言うのか!

カスミの表情の下から、ミツキが振り絞るような声を出す。
カスミ、それは違う。

私も、兵器に使われたくはなかった。アオイさんは、国防総省から逃げ出すきっかけを与えてくれたけど、逃げ出すと決めたのは、私の意志なの。アオイさんに余計な責任を押し付けてはいけない。

あたしも、悩んだ。ミツキとカスミは、あたしの親友だ。

だけど、ミツキとカスミには、幸田がついてる。「M」も、これからも見守ってくれる。

慧子には、あたし以外、誰も守ってくれる人間はいないんだ。

アオイ、あんた、博士のことを、本当に「お母ちゃん」だと思ってるんだな……
あぁ、両親を失ったあたしの傍にいつもいてくれたのが、慧子だった。

一緒に映画を観た。射撃練習をした。慧子に勉強を教えてもらった。


国防総省は、慧子とあたしをエンジニアと機械の関係だと見ていただろう。

でも、あたし達は、人と人として付き合ってきた。慧子があたしを人間兵器に改造したのは、とんでもない事だよ。でも、今では、その後の慧子と過ごした時間の方が、あたしには重いんだ。大切なんだ。

いつの間にか、アオイの頬を涙がつたわっていた。
アオイ、あんたは、バカだ。おおバカもんだよ。
アオイさんの気持ちは固いのですね。
ミツキ、カスミ、ごめん……
アオイさん、謝らないでください。

私たちは、アオイさんの本当の友人でいたいと思っています。本当の友人同士は、自分のために相手を縛るものではなく相手が納得いくように行動するのを助けるものだと、何かの本で読んだことがあります。私たちは、アオイさんにとって、そういう友人でいたいです。

だから、アオイさんが納得いくように、博士を守ってあげてください。

お姉ちゃん、カッコつけすぎだぞ。「私たち」とか言っちゃってん、お姉ちゃんの「エエカッコしい」に、あたしを巻き込むな。


おい、アオイ、前から、あんたは大バカ者でガンコ者だと思ってたが、やっぱ、その通りだったな。賢いあたしの言葉を理解する脳は、あんたにはなさそうだ。


好きにしろ。だけど、死ぬなよ。絶対に死ぬな。死んで霊界に来ても、あたしが追い出してやるからな。

…………
顔をくしゃくしゃにして泣くアオイ
アオイは、ちょっと独りにしておいてやろう。


私からミツキ君とカスミ君に、新しい隠れ家について話がある。隣の部屋で話そう。

ミツキたちが出て行った部屋で泣き続けるアオイ。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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