21.追う者たち/カレンとイズミ

文字数 2,404文字

都心の高級ホテルの一室。

カレン・ブラックマン博士が、コーヒーを片手に、高層階からビル街を見渡している。

インターフォンが鳴る。

イズミです。
入って。

コーヒーメーカーにコーヒーがある。

冷たいものが良ければ、冷蔵庫から適当に出して。

カレン、ソファーに腰をおろし、ソファーテーブル上のノートPCの画面をあける。

イズミがコーヒーを手に、向かい側に座る。イズミが、バッグからUSBメモリーを取り出し、カレンに渡す。

大島病院救急外来の監視カメラ映像です。病院のシステムに侵入して盗み出しました。システム内の映像は、他の人間が見られないように消去しておきました。
あなたは、もう、見たの?
ええ。
カレン、イズミから受け取ったUSBメモリーをノートPCに差し込む。
では、何が起こったか、一緒に見直しましょう。
イズミがカレンの隣に席を移し、カレンと並んでカレンのパソコン画面をのぞき込む。
PC画面の中では、幸田が臓器売買ビジネスの話で、病院側を脅している。
このメガネの男は、何者?

この男は、どうやって大島病院の臓器売買ビジネスを嗅ぎつけたのかしら?

今のところ、この男については何もわかっていません。男が大島病院を脅している間、アオイはニセ救急車の中から病院側の反応を録画しています。
そんな動画をネットに投稿されたら厄介なことになる。
残念ですが、動画はすでに複数のサイトに投稿され、かなりの速度で拡散中です。ちょっと、パソコンをよろしいですか?
カレンがパソコンをイズミの前にすべらせ、イズミがキーボードとタッチパッドを操作する。

画面に、アオイが撮った映像が現れる。

メガネの男と病院スタッフのやり取りが音声も含めて記録されている。しかも、救急外来の壁に大島病院と書いてあるのが映っている。これで、もう、大島病院を国防総省と「肉屋」の中継点に使うことはできない。
カレンが眉をひそめる。
ネットに投稿されたのは、この動画だけではありません。ニセ救急隊員が銃を携行しているのを撮影した写真も拡散中です。
イズミが写真を画面に出す。
その写真も、アオイかメガネの男が撮影したと考えていいわね。メガネの男の正体、わかりそう
警視庁内の協力者に調査を依頼しました。
アオイが録画した映像に戻してちょうだい。
イズミがPCを操作して元の動画に戻し、動画を再開する。

カレン、動画を少し進めて一時停止させる。

ここで、アオイが非接触放電した

カレンが、動画をスローで先に進める。
一瞬で、病院側の人間5人を昏倒させた。でも、それ以外の人間には何のダメージも与えていない。驚いたわね。
アオイは、非接触放電ではターゲットを識別できないはずでしたよね?

私は、アオイの作動訓練に立ち会った。あの子は、ターゲットを識別できず、ターゲットの周囲5メートル以内の人間全員を感電させていた。

アオイが自分の本当の力を隠していたのではないですか?

そうとも考えられるし、別の見方もできる。

別の見方?
作動訓練で訓練場に並んでいたのは生身の人間ではなく、放電から受ける打撃を測定できるダミー人形だった。アオイは、相手が生身の人間なら個体識別できるのかもしれない。
科学的に考えて、そんな事があり得るのですか?
あり得る。生身の人間同士は、数えきれない多くのチャンネルで干渉しあっているはずで、現在の科学は、そのほんの一部しか把握できていない。私はそう考えている。
科学者が科学の認識能力を疑うのですか?
正しく疑うことは、科学の基礎よ。
科学には限界があるということですか。
その通り。

アオイがターゲットを識別できるようになった理由として、彼女の脳と身体の成長も考えられる。彼女は15歳で国防総省から逃げ出し、今は17歳になっている。この2年間に、脳と身体は成長を続け、ホルモン分泌も大きく変わっている。新しい能力が発現しても何の不思議もない。

山科アオイが、非常に面白い研究対象になりそうな気がしてきました。

破壊してしまうのはもったいないと思いませんか?

私は、彼女を捕えて研究したい。特殊兵器局長にこの映像を送って作戦変更を提案するつもりよ。だけど、彼はこの映像を見たら、ますます「早く始末しろ」と言ってくるでしょうね。

なぜですか?
特殊兵器開発局長にとっては、アオイが敵対国やテロリストの手に落ちることへの不安の方が、ずっと大きい。アオイを一刻も早く破壊したいというのが、特殊兵器開発局長のホンネだわ。
アオイに逃げられただけでなく、ミツキが行方不明です。
乗り捨てられたニセ救急車の中に、ミツキはいなかったのね。
いませんでした。ミツキはエージェント・マスムラとレノックス博士のところにも、戻っていません。アオイのように逃走したのでしょうか?
ミツキはアオイの放電でダメージを受けていたはず。ミツキ一人で逃げ出せるとは思えない。アオイとメガネの男が連れ去った可能性がある。
ミツキを人質に取られると厄介なことになります。
アオイの居所を一刻も早く突き止める必要がある。メガネの男の身元を割り出し、彼の線からアオイの居場所を突き止めましょう。
私は、今後、どうしましょうか?

私は、あなたにミツキのアオイ攻撃を進めさせた。その結果が失敗に終わり、あなたの立場が悪くなってしまった。

そのことなら、どうぞお気遣いなく。私はレノックス博士の煮え切らない指揮ぶりにウンザリしていたので、博士からゴーサインをいただいて、スカッとしました。
イズミさん、あなたはレノックス博士のチームから抜けなさい。CIAの日本支部長には私から話しておきます。
エージェント・マスムラは、私のマンションや普段の立ち回り先を知っています。
このホテルに移っていらっしゃい。このホテルに閉じこもって、あなたが信頼できる協力者を使ってアオイの身辺調査をしてください。メガネの男はもちろん、他にもアオイと接触していた人間がいないかどうか。お願いします。
わかりました。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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