50.慧子、リケルメのもとへ

文字数 1,292文字

都心のビジネスホテル。

昼間からカーテンを閉め切ったシングル・ルームで、慧子がベッドに腰かけ考え事をしている。


ドアベルが鳴る。慧子が無視していると、腹に響く発射音がして、ドアの鍵周辺に穴があいた。


ドアを蹴破り、ショットガンを構えた男が入ってくる。その後ろから拳銃を手にした男。最後に丸腰のオンナが続いた。

慧子にショットガンが向けられ、拳銃を手にした男が話しかけてくる。
レノックス博士、ご一緒いただきます。
イヤだと言ったら?
また腹に響く発射音がして、今度は慧子のすぐ脇でベッドが千切れ飛ぶ。
命には代えられないわね。
慧子がベッドから立ち上がると、男2人が慧子を取りかこむ。

丸腰の女性が慧子に近づき身体をあらためる。慧子のヒップホルスターから自動拳銃を、ビジネスパンツの下で足首に巻き付けたホルスターから小型・薄型の回転式拳銃を取り上げる。

拳銃を二丁もお持ちだったのに、無抵抗で降伏ですか?
拳銃は、護身用。ショットガンでドアをこじ開けるような人たちと撃ち合っても、身を守ることにならない。


私の専門は、人殺しではなく、人殺しの道具を作ることなので。

賢明なご判断です。電波発信器やGPSをお持ちでないか、チェックさせていただきます。

女性が、スマホのような形の機械を慧子の身体にひとしきりあてがってから、ショットガンの男性にうなずいてみせた。
では、ご一緒いただきましょう。
ホテルの玄関から20メートルほどのところに、水道工事屋のバンが停まっている。


荷物室は工事道具で一杯に見えるが、実は、道具は、舞台のハリボテのセットのように窓の内側にかけられているだけ。

その内側は追跡装置が並ぶ作戦指揮所だ。指揮所には追跡装置がビッシリ並び、隅には小火器を収納した棚も取り付けられている。

エージェント・マスムラ、レノックス博士が女1人と男2人に連れられて、ホテルの従業員通用口から出てきました。
リケルメのお迎えが来たか。博士がこのホテルに潜伏しているのを発見したと国防総省本部に報告した途端に、これだ。

本部に内通者がいるとは、驚きです。
博士を追跡して敵の首根っこをつかめば、内通者の正体もわかる。

慧子は、ホテルの従業員通用口の前に止まっていた黒塗りのSUVに乗せられた。女性の誘拐者が慧子にアイマスクを渡す。
少し窮屈かもしれませんが、これを、おかけください。
あら、目隠しをさせられるの?  目隠しを外したら白馬の王子様が待ち受けているという趣向かしら?
白馬の王子様はいませんが、お友だちがお待ちです。
友だち? 誰?
カレン・ブラックマン博士です。長いお付き合いでしょう?
あぁ、あの人。長く付き合ったら友だちになるとは、限らない。

長く付き合うほど、ますます嫌いになる相手もいて、彼女は後の方ね。

慧子を乗せたクルマが走り出す。
博士のクルマが発進しました。

よし、追跡開始だ。博士の体内の放射性マーカーが発する放射線は1キロ遠法でも検知できる。敵の車両から距離を置いて、尾行に絶対に気づかれないように追っていく。


2号車、3号車も、わかっているな。

戦闘員を載せた2号車、3号車の指揮官から、つづけて「了解です」と返ってきた。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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