16.運命の朝

文字数 2,556文字

フリースクールの朝。

登校してくる生徒たちを笑顔で迎える太一先生。

今日は、その後ろにイズミも控えている。これまた、満面の笑み。

みんな、おはよう。

保健室のベッドをお陽様に干してフカフカにしておいた。具合が悪くなったら、遠慮せず、言うんだよ。


太一先生、おはようございます。
みんな、おはよう!
ミツキ、太一の背後にいるイズミを見て、笑顔を失い身体を固くする。
ミツキちゃん、おはよう。今日は、数学をやろうね。
ミツキに笑いかけながら、問題集を手渡すイズミ。


表紙に、メモが貼ってある。「アオイと2人きりになったら、GO」とある。

…………
ミツキが廊下で思いにふけっていると、子ども達があつまってくる。
ミツキお姉さん、遊ぼうよ!
他にも、「遊ぼう、遊ぼう」という子ども達の声。

ミツキの手を引っ張る子もいる。

あゝ、みんな、ごめんね。

今日、お姉ちゃん、ちょっと具合が悪くて。

保健室のベッドがフカフカだって、太一先生が言ってたよ。

保健室で休みなよ。

周りから、「ミツキお姉ちゃん、大丈夫?」「浩太が言う通り、保健室、行ったほうがいいよ」「後でお見舞いに行く」など、子ども達の声が上がる。


そこにアオイがやってくる。アオイがミツキに近づくのを見て、子ども達が、ミツキから離れる。

アオイ、子ども達を見て
ハハハ、正直な奴らだ。


君達にはつまらない社交辞令がなくて、よろしい。

アオイ、ミツキの顔色をうかがう。
ミツキ、珍しく、元気ないじゃん。

保健室もいいけど、その前に、備品庫で飲みモノはどうだ?

気分がマシになるかもよ。

ええ、でも、なんか、今コーヒーって気分じゃなくて……
ミツキは、ほんとは、コーヒーより、甘いモノが好きだろう?

もっと早く気づいてやればよかった。あたし、そういうの、鈍感な方だからさぁ。それで、今日は、「じゃじゃーん」

アオイ、ショルダーバッグからインスタント・ココアの袋を取り出す。
牛乳も買ってきた。あたしも、ココアは好きなんだよ。早くためしたくて、ウズウズしてる。

保健室の前に、ともかく備品庫に行こう。

ココアと聞きつけて、子ども達が寄ってくる。
ココアなら、ボクも飲みたい!
ボ、ボクも、備品庫に行っていいですか?
阿呆か、あんたら、あたしとココアを飲みたいなんて、100年早い。

ガキは、太一先生が出してくれる物だけ、飲んでりゃいいの。

伸一クンは、あたしを超美人に描いてくれるけど、だからって、特別扱いはなしだ。

備品庫に近づいたら許さないからね。ガキは、ガキの部屋で遊んでな。

子ども達が、クモの巣を散らすように去っていく。

伸一だけが、一人残ってアオイを見ている。その目には、光るものが浮かんでいる。

伸一クン、あたしの話は、聞いたよね。

あんたも、あっち行ってな。

伸一がアオイに背を向けて駆け出す。

その後ろ姿を見送るアオイ。

さて、これで邪魔者はいなくなった。

備品庫で、くつろごう。

アオイの勢いに押されたように、おどおどとついていくミツキ。
はい、アオイの特製ココア……な~んちゃって、インスタントだし、説明書どおり作っただけだし。

(ふうふう言いながら一口すすって)うん、結構、いけるじゃん……って、あたしが先に言っちゃダメか?

美味しいです。アオイさん、ありがとうございます。
あたしさぁ、ゆうべ眠れなくって、リドリー・スコットの『ブレードランナ―』と『エイリアン・コヴェナント』をDVDで見たんだ。
『ブレードランナー』と『エイリアン・コヴェナント』って、面白い映画なんですか?
(息を飲んで)えっ、ミツキは、観たことないの?『エイリアン・コヴェナント』は、それほどの映画じゃない。だけど、『ブレードランナ―』は映画史に残る傑作だ。今度、あたしん家に来なよ。一緒に見よう。


……
さて、世間話はこのくらいにして……


ミツキ、あたしと二人きりになったら、あたしを殺せって、誰かに言われてたりする?

ミツキ、真っ青になって倒れそうになる。
アオイさん、どうして、その事を!
アオイ、うつむいて、大きくため息をつく。


顔を上げて、ミツキを見る。

やっぱ、そうか……

指示を出したのは、イズミ先生か?

アオイさん、気づいていたんですか?
あはは、あたしが、そういうことを疑うタイプだと思う?

あたしは、ミツキのこともイズミ先生のことも、信じ切ってたよ。


…………
だけど、あたしには保護者面してる奴がいてな、そいつは、あたしと違って疑い深い。ミツキとイズミには気をつけろってウルサイから、「じゃあ、二人が敵じゃない事を確かめてやる」と言って、家を出てきた。
本当のところを確かめるために、こうして、私を備品庫に連れ込んだのですか? 子ども達には近づくなと言って……

まあね。もし、本当にヤバイことになった時、子ども達をまきこんだら大変だからな。

アオイさん、ごめんなさい。私、アオイさんをだましてました。アオイさんに私のことをすっかり信用させて、不意打ちをかける計画でした。


本当に、本当に、ごめんなさい。

謝る必要はない。


ミツキは、国防総省の命令に従って当然の手順を踏んだだけだ。

あたしがミツキでも、同じやり方をしている。

…………

命じられたターゲットを殺すのをためらったら、不良品として廃棄処分されちまう。

ターゲットを殺すのは、国防総省から自分の身を守るための正当防衛だ。自分を責める必要は、ない。

アオイさん、そんな風に言ってもらうと、余計辛いです……
ミツキがあたしを殺さなきゃいけない事情は理解する。共感もする。


だけど、「事情はよくわかりました。どうぞ、殺してください」って、わけにはいかない。

…………
国防総省にとってあたしは兵器だが、あたしにとっては、あたしは人間だ。


人間なら、誰だって、他人の勝手な都合で殺されたくない。

じゃあ……、ここで、アオイさんと私は、闘うのですね。


私、負けませんよ。私だって、死にたくないですから。

そうだ、「殺るか殺やらるか」だ。子ども達が周りにいないか、もう一度確かめてくる。

アオイが備品庫から出ていく。

ミツキの全身が震え出す。


5メートル以内には、誰もいない。あたしが非接触放電しても、子ども達を巻き込む危険はない。
じゃ、……行きますよ。


勝負します……よ(声が小さくなって、消える)

身体の力を抜いてゆったり立ったアオイと、身体を小刻みに震わせているミツキが、向き合う。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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