9.カスミ流「正当防衛」論

文字数 1,707文字

ミツキが自室のベッドに身を投げだすと、頭の中で、妹カスミの霊魂が話しかけてきた。

ミツキとカスミは両親とアメリカ横断ドライブ中に事故に遭った。両親は即死し、重傷を負ったミツキとカスミは国防総省の医療施設に担ぎ込まれ脳破壊型人間兵器への改造手術を受けた。

しかし、カスミは手術中に命を落とし、霊魂となってミツキに取り憑いている。

お姉ちゃん、どうして、昨日の夜アオイと会ったことを博士とマスムラに話さなかったの?

覚えていないことを、どうやって話すの?


不良2人に公園の暗がりに連れ込まれて、怖くて怖くて、意識が飛んでしまった。次に気がついたら交番にいた。覚えてるのは、それだけ。

あたしは、全部覚えてる。お姉ちゃんが服を脱がされそうになったところにアオイが来て、男二人を感電させて気を失わせた。そして、その後、男たちとお姉ちゃんの記憶を消した。
夕べから、カスミはそう言っているわね。だけど、私にはそんな覚えは全然ないの。「私にとり憑いている妹の霊魂が、昨晩こんなことがあったと言っているのです」と、博士とマスムラに話すの? 私が気が変になったと思われるだけだわ。
本当に、何も覚えてないのか? 不良に暗がりに連れ込まれて、そのあと交番まで意識がなかったら、不良に何されたんだろうって、心配するはず。だけど、お姉ちゃんは、全然心配してない。
服は乱れてなかった。それに、交番にいたのよ。お巡りさんが助けてくれたに決まってるわ。

でも、お姉ちゃんが気がついた時、交番に警官はいなかった。

…………
自分が助けた女の子が気を失ってるのよ。そのまま交番に置いて出て行く警官が、いるかしら?
緊急の事件で、呼び出されたのよ。
交番に行って、本当は何が起こったか確かめようとは、思わないの?
そんな余計なことして、警察と関わりあいになる必要はないでしょ。
余計なこと? 警官に訊かなくても、何が起こったか分かってるみたいな言い方ね。
ミツキが、はっと息を飲む。
お姉ちゃん、本当は、アオイに助けられたことを、覚えてるんでしょ。アオイはお姉ちゃんの記憶を消そうとしたけど、消せなかった。お姉ちゃんは、起こった事を、全部覚えてる。

(心の中で))あぁ、また、カスミの尋問で白状させられちゃった……
なんで、博士とマスムラに言わなかったの?
ミツキ、首をかしげて、考える。
よく、わからない。

私がアオイさんに助けられたと知ったら、あの二人が、私にはアオイさんを殺せないんじゃないかって、ますます心配しだすから……かな?

お姉ちゃんは、どうなの?

本当に、アオイを殺せる自信があるの?

やってみなきゃ、わかんないわよ。


でも、任務だから、やらないわけにはいかない。

私は、無理だと思う。

だって、お姉ちゃん、襲ってきた不良に何にもできなかったじゃない。

不良と闘うのは、私の任務じゃない!
任務じゃないけど、正当防衛だよ。お姉ちゃんは、あいつらを殺してもよかった。
カスミ、あなた、何を言ってるの?


婦女暴行に、死刑は適用されない。


未成年だったら、少年院に行って、まともになって出てきて、更生するの。


そういう人が、大勢いるわ。

時間の流れで考えると、そうだと思う。


でも、婦女暴行が「魂の殺人」と呼ばれているのを、知ってる?


「魂の殺人」?
婦女暴行を受けて、PTSDを発症する女性、男性と接することができなくなる女性がいる。その結果、社会生活ができなくなる人もいる。それは魂が殺されてしまうことなの。
その事は、聞いたことがある。
あの時、あそこで犯されていたら、お姉ちゃんの魂が、殺されてた。
そうなって……いたかも……しれない。

だから、あの瞬間だけを切り取れば、お姉ちゃんがあいつらを殺しても、正当防衛だった。

カスミ、なんて、恐ろしいことを言うの!
恐ろしくもなんともない、当然の話だわ。


正当防衛のためでも人を殺せなかったお姉ちゃんが、任務のためなんて理由で人を殺せるわけが、ない。

ミツキ、イライラしだす。
カスミ、あなたの考え方は、わかった。

だから、もう、これ以上、私にとやかく言わないでくれる。

わかった。お姉ちゃん、お疲れのよううだから、あたしは、これで引っ込むわ。
ミツキの頭の中で、カスミの声が消えた。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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