46. リケルメからの脅し

文字数 2,961文字

アオイたちの上には何事もなく、2日が過ぎた。

3日目の朝、幸田のスマホからLINEの着信音がした。

(LINE上で)悪い知らせ。
幸田は、「M」が送ってきた動画を見る。

(動画の中で、伸一が)アオイお姉ちゃん、助けて! ボク、怖いよ……

(映像の背後で男性の声)

この子の命が惜しかったら、アオイとミツキの2人を、24時間以内に、新宿区の厚生会総合病院の救急外来まで来させろ。来るのは、2人だけだ。さもないと、人質の命はない。
これは、いったい?
「世話役」仲間の一人が、彼が面倒を見ている「保護者」にLINEで送られてきたと言って、転送してきてくれた。私たちが国防総省とCIAに追われていることは「世話役」までは伝わっているから、すぐにピンときたのでしょう。
この男の子は、アオイのフリースクールの仲間だと思います。

しかし、この子をさらった連中は、どうして「世話役」の一人にLINEで接触できたのでしょう? 

その「世話役」の下には3人の「保護者」がいて、それぞれ一人ずつの逃亡者をかくまっていた。その中に、武器密売ビジネスを取材しているうちに複数の武器商人から命を狙われ出したフリージャーナリストがいた。

ところが、3ヶ月前から彼と連絡が取れなくなり、行方がわからない。

その逃亡者が武器商人に捕えられた。彼が持っていたスマホから彼の「保護者」に脅迫動画が送られてきた。驚いた「保護者」が自分の「世話役」に報告し、「世話役」は、あなたに転送してきた。そういう流れですね。
おそらくは。人質とは、物騒な展開だわ。どうする? 私たちで握り潰して、なかった事にする?
本当にそうお考えなら、私に連絡して来ないはず……この事を知ったら、あなたがどうおっしゃろうと、私がアオイとミツキ君に知らせることは、予見できたはずです。
そうね。私は、アオイさんとミツキさんに対して、とても残酷なことをしている。あなたから知らされたら、二人には2つに1つの選択しかなくなる。人質を助けるために命を危険にさらすか? 人質を見殺しにして、一生悪夢にさいなまれるか?
見殺しにしても、悪夢に苦しまないかもしれません。

「少年が人質にされたのは、私たちのせいではない。人質を取った奴が悪い。少年は不運だった」彼女たちは、そう考えるかもしれません。

幸田君、それ、本気で言ってる?
一つの可能性を述べたまでです。確信は限りなくゼロです。
でも、あなたが言う通り、この事態に対して、アオイさんとミツキさんには何の責任もない。逃亡者を追手の手に渡してしまった私たちグループの責任。この子を救い出す義務があるのは、私たちだわ。
しかし、そのためには、アオイとミツキ君に協力を仰がなければなりません。
だから、私は悩んでいる。私が保護している少女たちに、私のために危険を冒してくれと頼むなんて、とんでもない矛盾だわ。幸田君、私がこの動画をあなたに送ってしまったのは、悩んで決められなくなったからなの。あなたの意見を聞きたかった。
私は、臓器密売を許せないという個人的感情から、アオイをニセ救急車に乗らせ大島病院で殺し屋どもと闘わせてしまいました。彼女は私に怒りました。当然です。

しかし、彼女は、今後は事前に相談するようにという条件付きで最後は許してくれました。なぜだと思いますか?

なぜ許してもらえたの?
私たちが闘う相手は、結局、アオイの敵とイコールだからです。臓器密売業者はアオイにとっても仇でした。今、脅迫してきている連中も、アオイを手に入れて利用したいから、人質をとった。アオイにとって、彼女を意に反して利用しようとする者は、すべて敵です。それは、ミツキ君も同じだと思います。だから、この誘拐者は私たちグループの敵であるだけでなく、彼女たちの敵でもあるのです。
私たちが彼女たちを利用しようとしたら、私たちも彼女たちの敵に敵になってしまう。
そうならないために、彼女たちと相談するのです。こちらにいらしてください。あなたと私の二人で、アオイ、ミツキ君、カスミ君の三人に協力を依頼しましょう。
1時間後、「M」がアオイたちの隠れ家に現れ、アオイ、ミツキ、カスミの3+1人に人質となった伸一の動画を見せた。
伸一君をこんな恐い目に遭わせて、卑怯者どもが!
あゝ、私のせいで、こんな事になってしまって!
君たちは、悪くない。

悪いのは、伸一君を人質にとった連中だ。

幸田の言う通りだ。

悪いのは、このガキを人質に取った連中だ。したがって、お姉ちゃんがこの子のために危険を冒す必要は、ない。

カスミさんの言う通りです。人質を取った人間が悪い。そして、保護していた人たちの一人を追手の手に渡してしまった私たちが、悪い。だから、この子を救い出す義務があるのは私たちであって、あなたたちではありません。
しかし、この子を救い出すためには君たち三人の手助けが必要なのだ。「M」は、君たちに協力を依頼しに来た。もちろん、私も君たちに助けて欲しい。
頼まれなくても、私は伸一君を助けるために闘います。
お姉ちゃん、なに、バカな事を言ってんだ!

幸田もお姉ちゃんには責任がないって、言ってるんだぞ。

いいえ、私は伸一君を助ける。


国防総省は、大怪我をして意識のない私を、勝手に人間兵器に改造した。理不尽だわ。今、伸一君が同じような理不尽な目にあっているのよ。理不尽な目にあう苦しみを知っている私が助けなくて、誰が助けるの?

お姉ちゃん、理不尽な事なんて、世界中にゴロゴロ転がってるぞ。


シリアでは、何の罪もない人達がアメリカやロシアやトルコの都合で、毎日ボロボロ殺されてる。命からがらヨーロッパに逃げても、追い返されて行き場がない。

確かに、世界はそんな話ばかりだ……
お姉ちゃんは、世界中の理不尽と闘って回るつもりか?  そんな事、絶対にできないぞ!
できないよ。

だからこそ、私の目の前で理不尽がまかり通ることだけは、許さない。私は、伸一君を助けたい。いえ、必ず助ける!

お姉ちゃん……
あたしは、絶対に伸一君を助ける。ミツキが来る前は、伸一君があたしのたった一人の友達だった。その伸一君を見殺しにはできない。

だけど、あたし一人よりも、ミツキとカスミ、それから「M」さんと幸田の力を借りた方が確実に伸一君を助け出せる。あたしは、ここにいるみんなに、助けてくれとお願いする。

アオイが深々と頭を下げた。
ちっ、しょうがねぇなぁ~。

アオイが底抜けのバカだってのは前から知ってたけど、お姉ちゃんまでが、こんな大バカだったとは。

バカに言う言葉はない。あんた達の好きにしな。

ミツキ、本当に、これでいいのか?
もちろんです。アオイさん、幸田さん、「M」さん、よろしくお願いします。
ミツキ、「お願いします」なんて水臭い事を言うな。あんたとあたしは「一両編成」だ。
アオイ、それ、もしかして「一連托生」と言いたかったのではないか?
うん? だったかな。細かい事を気にすんな。「大事の前の小事」だ。
(心の中で)今度は、四文字熟語を正しく使った……
みなさん、ありがとう。私たち4人+1人で伸一君を助け出しましょう。

私が属するグループは非暴力を原則としていますが、実は、最悪の事態に備えて武器と機材を備蓄しています。それを自由に使う許可を得ました。備蓄庫に移動して実物を見ながら作戦を練りましょう。

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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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