53. 幸田とカスミの絆

文字数 1,610文字

地下1階に火災報知器が鳴り響き、スプリンクラーが水をまき散らし始める。カスミ(ミツキ)と幸田はずぶ濡れになりながら、地下2階に通じるエレベーターの両脇に背中をつけ、息を潜めていた。幸田はプラスチック弾を装填した自動拳銃を手にしている。


指紋認証でガードされているエレベーターに乗り込むため、地下1階の状況を確かめに地下2階から人が上がってくるのを待ち伏せているのだ。


ドアが開き、男が出てくる。閉まり始めたドアに幸田が足をかけて止める。火災警報に気を取られていた男は、一瞬、反応が遅れる。

男が腰に手をまわして銃を引き抜こうとした時には、幸田が拳銃で男のわき腹を撃っていた。男が態勢を崩す。幸田は男の右腕に一発浴びせ、足で背中を蹴って床に押し倒す。
私はエレベーターの扉を開けておく。私のショルダーバッグから結索バンドを出して、こいつの両手を縛れ。
カスミが男の両手を縛り上げる。
あたしたちには「銃を向けられたら先に殺せ」と言ったのに、あんたは殺さなかったんだな。
死体は少なければ少ないほど良い。しかし、地下2階に突入したら実弾入りの銃に切り替える。君と私を死体にしたくないからな。
あんた、銃の扱いに慣れているし、実戦経験もあると言ってたな? 元警官なのか? まさか、もしかして元CIAとか?
私が属しているグループでは、過去について話すのを禁じられている。
あたしは、人としてのあんたを信じてる。でも、この闘いでは、お姉ちゃんの命をあんたに託してる。あんたの経歴を知って、あんたの戦闘力を見積もりたい。
「戦闘力を見積もる」って、これは、オンラインゲームじゃない。実戦だ。
実戦だから、なおのことだ。
なるほど、君の言い分も、わからないではない。命を預け合っている仲間だ。特別に教えることにしよう。私はDCISの捜査官だった。

DCIS? なんだ、それ? 聞いたことないぞ。

知っている方が、珍しい。CIAやFBIと違って、マイナーな機関だ。

Defense Criminal Investigative Service 、略してDCIS。決まった日本語訳はないが「国防総省犯罪捜査局」とでもいったところだな。私は、そこで機密軍事技術の漏洩捜査をしていた。


その頃FBIの特殊部隊と一緒に訓練を受け、一通りの小火器を扱えるようになった。

そんなものがあったのか? アメリカは、ATFやらDEAやら、連邦レベルの捜査機関がゴチャゴチャあって、面倒くさい。

それで、どうしてアオイの保護者をやってるんだ?

私は、ある事件をきっかけにDCIS捜査官でいることに嫌気がさして、辞めた。ところが、何者かに命を狙われるようになり、国外逃亡して日本に流れ着いた。その間に、実戦の修羅場を何度もくぐっている。


私の戦闘力を見積るには、こんな所でいいかな?

わかった……そのくらいで、たくさんだ。


分かってもらいたいけど、あたしは、あんたがド素人のヘナチョコでも、あんたと闘う。ただ、お姉ちゃんの安全が気になるから確かめただけだ。

少しは安心してもらえたかな?
安心した。あたしのワガママでお姉ちゃんを危険にさらさずに済みそうだ。

どういう意味だ? 何があっても伸一君を助けると言い出したのは、ミツキ君だぞ。

実は、あたしはお姉ちゃんのために闘うわけじゃないんだ。
カスミに乗っ取られたミツキの頬が赤らむ。
そうか。私は君のお姉さんを命に代えても守る。それで、いいな。
あたしは、あんたとお姉ちゃんを守る。
よし、これで話はついた。

地下2階に降りる。

私は実弾入りの銃に切り替える。君も、脳破壊力を出す準備をしておけ。


ただし、下についてもすぐにはエレベーターから出ない。君が得意なハイテクロボットを地下2階に送り込んで偵察させる。ロボットに偵察させている間に、私たちは地下1階に戻ってアオイと合流だ、いいな。

任せとけ。こういう場面にもってこいのロボットを用意してある。もう、アドレナリン全開だ。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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