106. 門出/A New Journey

文字数 5,518文字

東京郊外のマンション。

アオイがベランダに立って、奥多摩の山々を眺めている。

猛暑の日々にやっと終止符が打たれ、空気にはかすかに秋の気配が感じられた。


An apartment in the outskirts of Tokyo.

Aoi stared at the Okutama mountains. The hottest summer period had passed and the air smelled scent of Autumn.

(独り言)ミツキたちは、もっとずっと高い山の上か……山の上は、このあと短い秋が駆け抜けていき、すぐに冬が来て、雪に降りこめられる。そのまま、半年近く雪に埋もれて……


Now, Mitsuki is already in higher mountain area far away from Tokyo. There, fall is short. Winter soon comes and started snowing. Mitsuki will be buried under the snow for more than six months.


【notice】Mitsuki is another bionic-weapon, who also escaped from DOD and came to be protected by SHELTER. Mitsuki is not capable of death-or-alive fight, SHELTER decided to hide and protect her. Instead, Aoi, who has strong fighting power, was recruited by SHELTER for their bodyguard.


アオイが室内でアイロンかけをしている慧子に声をかける。


Aoi talked to Keiko, who was ironing the laundry.

慧子は、雪下ろしをしたことあるか?


Keiko, have you ever shoveled the snow off the housetop?

ないわ。


No.

慧子がアイロンを動かす手を止めずに応える。


Keiko answered keep ironing.

あたしも、ない。東京生まれ、東京育ちだからな。


Me, either. I was born and grew up in Tokyo.

慧子がアイロンを動かす手を止める。


Keiko stopped ironing.

雪国育ちの友達から聞いた話では、本当に重労働だそうよ。屋根から滑り落ちる危険もある。でも、やらなかったら、雪の重みで家がつぶれて生き埋めになってしまう。雪国の生活は命がけだわ。


My friend who grew up in a snowy land told me shoveling the snow off the housetop is hard work. Plus, you might slip on the snowy roof and fall on the ground. 

But, if you don't remove the snow, your house will collapse under the heavy snowfall.

Everyday life in a snowy land is life or death challenge.

そっか、やっぱ大変なんだな……


Mitsuki must live a hard days in the snowy mountains.

アオイ、室内に入ってくる。


アイロンをかけている慧子の前にすわる。


Aoi came into the room where Keiko was back ironing the laundry. She sat in front of Keiko.

だけど、ミツキたちに済まないから言ってるわけじゃないけど、「シェルター」の用心棒稼業も命がけだよな。


But, our lives as SHELTER's bodyguards may also be a life or death challenge.

毎日が命がけなわけじゃない。誰かが襲われそうになった時だけ、出張っていって身体を張ればいい。普段は、好きな本を読んだり、DVDレンタルで映画を観たりしていられる。極楽だわ。


Not everyday. When there's no job, we spend days reading books watch DVD rental movies. It' like a paradise.

おいおい、慧子らしくないぞ。慧子は、17歳でアメリカに移り住んで、アメリカ人を押しのけて一流大学に入り、研究者としても頂点を目指してきたんだろう。「好きな本を読んで、映画を観て極楽だ」なんて、腑抜けたことを言うなよ。


How could you be such an idiot? You moved to America at the age of 17, competed against Americans to get in a top-class university and gained two doctorates. You've been working so hard to become a top-class engineer in brain-machine-interface.

私は、勉強し過ぎた。働き過ぎた。立ち止まって落ち着いて考えることをしなかった。だから、「禁断の兵器」を生み出してしまった。


I have been overly studying and working. I never stopped to think what I was doing was right or not. That's why I developed a forbidden weapon.

「禁断の兵器」—あたし達のことだな。


A forbidden weapon. It's me.

アオイ、ごめん、あなたを傷つけるつもりは……


Oh, no. I didn't want to hurt you, Aoi.

慧子は、あたしを人間兵器に改造したことを悔いているんだな。


You are regretting you converted me to a bionic-weapon.

…………
人類に対しては、大いに罪の意識を感じろ。でも、あたしは、あんたを恨んでいない。


Feel guilty to mankind for what you have done. But me, I do not feel bitter about you at all.

えっ?


What?

あたしの放電能力は、最初は、あんたから押し付けられたものだった。でも、今は、「あたしのもの」だ。この力があるという前提で、あたしは生きてる。今さら、この力がどこから来たかなんて気にするつもりはない。


I used to thing you had burdened me with this electricity-discharging power. But, now, I don't think that way at all. This discharging power is "mine." I live, taking this power for granted. I don't care where this capability has come from.

アオイ……


Aoi……

ただ、あたしが放電能力について祈ってることが一つだけある。


There is only one thing I wholeheartedly wish about my discharging power.

なに?


What is your wish?

放電能力を使ってしまったあとで、「しまった、やりすぎた」と青ざめるような使い方だけはしたくない。あたしは、危険にさらされると、自分でも気がつかないうちに放電する。それが適切な正当防衛になるかどうか、事前には判断できない。あたしは、あたしの身体が過剰防衛しないことを祈ってる。


When my life is threatened,  I automatically discharge electricity. I am not aware I am doing so. Then I cannot consciously adjust the power of the electricity. I wish my discharging never be an excessive self-defense.

二人の間に、しばらく沈黙が続く。


Aoi and Keiko kept silent for a while.

アオイ、万一、あなたが放電能力を使いそこなうことがあったら、その罪は、私が一緒に背負う。あなたには迷惑だろうけど、私はあなたの母親のつもりでいる。そんな私に、あなたの罪を分かち合うことを許してちょうだい。


If you ever misused your power, I would share your sin. I know this is annoying to you, but I think I am your second mother. As your mother, I wish I share any sin you might commit.

アオイ、慧子をまじまじと見つめる。慧子もアオイを見つめ返す。


しばらく沈黙が続く。


アオイが顔をしかめる。


Aoi and Keiko stared at each other. They kept silent.

Then, Aoi made wry face.

慧子、それ、重い。重すぎるって。そういうの、あたし達の間では、止めよう。


Keiko, what you've said is too much for me. Don't be too serious. 

慧子、一瞬、棒を飲んだような表情になるが、すぐに唇の端に笑みを浮かべる。


Keiko looked shocked, but soon showed a smile on her lips.

ちょっと、臭かった?


You felt suffocated?

臭かった。息が詰まったぞ。


Yeah, I was about to be choked.

そう、息を詰まらせちゃったのね。


So, I was about to choke your breath. I'm sorry.

慧子が、顔全体で笑った。


Keiko smiled.

コーヒー飲まない?


Would you like some coffee?

いいわね。アイロン、もうすぐ終わるから、お茶にしたいと思っていたの。


That's a good idea. I was thinking of having a coffee break after I'm done with this ironing.

あたし、淹れてくるよ。


I'll make coffee.

アオイ、立ち上がる。

とたんに熱いものがこみあげてくる。目からあふれそうになるものを慧子に見られまいと、背中を向けて、台所に急ぐ。


Aoi stood up. Suddenly, tears started pouring from her eyes. She turned her back to Keiko and rushed to the kitchen, so that Keiko did not see Aoi weeping.

あら、ポケベルが鳴ってる。


Oh, the pager calls me.

台所で泣きながらコーヒーの支度をしているアオイ。


ポケベルのメッセージを呼んでいる慧子。

アオイ、「M」から初仕事の呼び出し。

アオイのコーヒーを飲みたかったけど、お預けね。「M」に飲ませてもらいましょ。


Aoi, "M" wants to see us now. We will have your coffee another time and ask "M" for coffee today.

よし、わかった。いよいよあたし達の出番だな。

腕が鳴るよ、慧子。


OK. It's time for duty. I feel excited.

そう言って慧子を振り返るアオイの目に、もう涙は浮かんでいなかった。


Aoi turned back to see Keiko, with no tears in her eyes.

『アメリカ国防総省/人間兵器番号20185 山科アオイ』《完》


ご愛読、ありがとうございました。

アオイと慧子の、その後の活躍をこちらでお楽しみください。


⇒『守護神 山科アオイ/Aoi, The Guardian Goddess』

https://novel.daysneo.com/works/3b1f40ed5ee0410dc3d8f7d2f0bcc032.html
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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