44.「禁断の兵器」、落とし前をつける
文字数 2,756文字
慧子は、横田基地内で軍法違反を犯した兵士が収監される独房に収容され、アメリカから国防総省犯罪捜査局(Defense Criminal Investigative Service)の担当官が身柄引き取りに現れるのを待っていた。
ドアが開錠されるブザーが鳴り、女性兵士がドアを開けた。左腕を三角巾で肩から吊ったマスムラが入ってくる。
(一緒に室内に入ってきた女性兵士に向かって)すまないが、ドアの外で待っていてくれ。
女性兵士は一瞬眉をひそめたが、「イエス・サー」と上官に対する礼をとって、廊下に出て行った。
エージェント・マスムラ、お怪我をなさって、どうしたのですか?
ミツキが脳破壊力を使った場面とみられる映像がネットに投稿された。撮影場所付近を捜索していたところ、重武装しロケット弾まで備えた何者かに待ち伏せされた。
待ち伏せされた? 情報が外部に漏れていたということ?
そう考えるしかない。完全な不意打ちで、しかも、敵の方が人数も火力も上回っていた。人間兵器20181~20184が皆殺しにされてしまった。生還できたのは、私を含めて6人だけだ。
まさか! サイード大尉、サレハ少尉、アブドゥラ軍曹、スタイナー軍曹の4人が亡くなったなんて(絶句)
さらに悪いことに、ブラックマン博士が麻酔矢で眠らされ、連れ去られた。
我々を襲った敵の正体は不明だが、ミツキがこの敵に加わっているのは間違いない。
なぜ、ミツキがそんな凶悪な連中に加わっているなどと、考えるのですか?
我々は、ミツキがイノシシを倒した映像でおびき出されたのだ。私は、もともとはアオイがこの組織の一味で、フリースクールでミツキを撃退したあとに、ミツキを引きずりこんだと考えている。
エージェント・マスムラ、あなたは間違っている。アオイは、兵器として使われないために国防総省を離脱した。そのアオイが、平気で人殺しをする組織に加わるなど、あり得ない。同じ理由で、アオイがミツキをそんな組織に引きずり込むことも、あり得ない。
20185(アオイ)が国防総省から逃げた時は、暗殺の道具として使われたくなかったのかもしれない。だが、当時20185はまだ15歳で、一銭の金も持っていなかった。
博士、トボけないで欲しい。君も気づいているはずだ。20185を引き取って山科アオイに変身させた組織がある。組織の助けなしに15歳の少女が顔と名前を変え、2年間、我々の追跡から逃れ続けられたとは、とても考えられない。
では、アオイが何らかの組織――仮にXと呼ぶことにする――に守られていたとしましょう。なぜ、XはCIA・国防総省合同の追跡部隊を壊滅させるなどというリスキーなことをする必要があったのですか?
Xにとって、アオイがなくてはならない存在だからだ。同時に複数の人間を行動不能にするアオイは、暗殺兵器としては不良品だが、戦闘の前線では大いに役立つ。Xは、民間軍事会社または闇社会の非合法組織である可能性が高い。
国防総省の兵器として使われるのを拒んだアオイに、他の組織で兵器として働く理由はない。
ある。自分を保護してくれている組織から命じられたら、他に行き場のないアオイは、拒むことはできない。ミツキを組織に引きずりこんだのも、そうするよう命じられたからだろう。
私には、アオイとミツキが、民間軍事会社や闇社会の凶悪な組織に手を貸すとは、とても信じられない。
それは、君の希望だ。私は、希望的観測を排して、最悪の事態を想定する。Xが、すでにアオイとミツキを利用している上に、人間兵器開発者のブラックマン博士まで手に入れた。それが、現在考えられる最悪の事態だ。これが何を意味するか、君には分かるはずだ。
人間兵器が、アメリカに敵対する国家や、テロリストの手に渡る。
それは、恐ろしいわね。
だけど、あなたは、なぜ、私にこの話をしているのかしら? 私は国防総省に逆らった。これから裁きを受け、おそらくは死刑に処される。いまさら私にできることは、何もない。
ある。君は人間兵器という「禁断の兵器」を産み出してしまった。それが世界に広まるのを防ぐ義務が、君にはある。
人間に殺人を思いとどまらせる最強かつ最後の歯止めは、何だと思うかね?
恐怖だよ。「殺したら殺される」という恐怖だ。
殺害の証拠を残さずに相手を殺せる人間兵器は、「殺したら殺される」という恐怖をなくしてしまう。
殺したら殺されるという恐怖――どういうことかしら?
殺せば、証拠が残る。証拠をたどって殺された人間の仲間や遺族が追ってくる。そして、復讐される。国家権力が確立しているところでは、法の裁きが待っている。それを恐れて、人は殺人をためらう。
人間兵器を使った殺人には証拠が残らない。殺したい相手を報復を恐れずに好き放題に殺せてしまう。だから、「禁断の兵器」というわけね。
では、こういう場合はどうなの? テロリストがコンサート会場での自爆テロを企んでいることが明らかなのに、合法的に拘束するための決定的証拠がない。私たちは、コンサート会場で数十人の人命が奪われるのを黙って見ているわけ? 違うでしょ。無辜の命を守るため、テロリストを暗殺する。人間兵器は、そのために作られた。「禁断の兵器」ではなく、テロとの戦いの「切り札」だわ。
君は、本気で「人間兵器がテロリスト狩りだけに使われる」と信じているのか?
政府批判をするジャーナリストや大統領にとって邪魔な政治家の暗殺に使われても、社会は気づかない。高潔で倫理観の高い人間が大統領だったとしても、正義だと信じることのためなら人間兵器の使用をためらわないかもしれない。昔、誰かが言ったように、権力は腐敗する。
君ほどの明晰な頭脳の持ち主が、人間兵器が「禁断の兵器」だと気づかなかったはずがない。君は、気づいていながら無視した。技術の限界を極めたいという欲望に負けたのだ。
そうだったのかも、しれない。しかし、人間兵器がアメリカの専有物で、アメリカの民主主義が完全に腐ってしまわない限りは、人間兵器の危険性は限定されているはずだわ。
しかし、アオイ、ミツキとブラックマン博士が組織Xの手に渡ったことで、人間兵器が世界中に拡散する危険が発生した。
その通りだ。「禁断の兵器」を作ってしまった君には、その拡散を防ぐ義務がある。それは、君が国防総省の中で置かれている立場などとは関係のない、人々に対する「人としての義務」だ。
わかった。人間兵器の拡散を防ぐために全力を尽くす。
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