33. 慧子の秘めた目的

文字数 2,040文字

米軍横田基地の地下にある「アオイ狩り作戦本部」に警告音が鳴り響き、大型の壁面パネルに映像が現れた。
三沢のNSAからだ。

なんだ、これは? イノシシが突然死する映像なんか送ってきて、ふざけてるのか?

特殊部隊長が映像を切ろうとする。
待って!

アオイが放電する対象は、人間とは限らない。もう一度、再生して。

我々に追われているのに、イノシシ相手に放電するようなバカはしないと思いますが。

まぁ、博士がおっしゃるなら、もう一度、見ますか。

ここで、止めて。

突進するイノシシの前方に、子どもがいる。イノシシを止めないと、子どもの命が危ない状況よ。

子どもを守るために、20185 が放電したと言うのですか?
その可能性は、ゼロではない。ここから、スローで再生して。
スクリーンにイノシシの暴走がスローモーションで映し出される。イノシシの脚が突然マヒしたように止まり、身体全体を慣性で前にのめらせながら、横倒しになる。
このイノシシの倒れ方……感電したのとは違う……

慧子は?  レノックス博士は、いる?

作戦を練ると言って、自室にこもっている。
エージェント・マスムラ、レノックス博士を、すぐに連れてきてください。
慧子、マスムラに連れられて、「アオイ狩り作戦」本部に現れる。


(作戦本部室のシステム・オペレーターに向かって)イノシシが暴走してきて倒れるところをもう一度、スローで映して。


(慧子に向かって)慧子、この倒れ方を見て、何か感じない?
イノシシにも突然死があるのね。人間と同じで、心筋梗塞とか動脈瘤破裂かしら?

でも、おかげで子どもが命拾いした。

慧子、トボけないで。イノシシの進路にいた子どもを守るために、誰かが、このイノシシを殺したのよ。
手も触れずに? この映像には撮影者の声が入っている。だけど、銃声らしき音は聞こえない。
手も触れず、銃も使わずテロリストを殺す暗殺マシンが2018・2019シリーズの人間兵器。違う?
アオイがこのイノシシを殺したと言いたいの?
この映像から、アオイがやったように見える? アオイの放電は稲妻のように光るのよ。

でも、そんなものは映っていない。それに、このイノシシは、突然脚が止まり倒れて動かなくなった。まるで、一瞬で心臓が止まったみたいに。

それが何か?
このイノシシを殺したのは、20191・ミツキだわ。
カレンの言葉に、作戦本部室がざわめいた。
博士、20191(ミツキ)はアオイに殺されたのではないですか?
フリースクールでアオイの返り討ちに遭って行動不能になり「肉屋」のニセ救急車で運び出された。そこまでは、分かっている。でも、その後の情報がない。「肉屋」も分からないと言っている。
生きているなら、我々と暮らしていた家に戻るはずだが、あの家の監視カメラに、20191(ミツキ)が戻ってくるところは、映っていない。
つまり、ミツキはアオイと行動を共にしている可能性がある。アオイに拉致されたのか、自分から望んでアオイに合流したのか、それは分からないけれども。


つまり、我々は、20185と20191の2機を破壊しなければならないかもしれない。そういう事か……
カレンがハッと何かに気づいた表情で、慧子を見た。
慧子、ミツキを国防総省から逃がしてアオイに合流させるのが、あなたの本当の狙いだったのね?
何の話かしら?
とぼけても、ダメ。あなたは昔からウソをつくのが下手。私の言う通りだと、顔に描いてある。

自分では、まっさらな白紙の顔だと思っているけど。
あなたは、アオイとミツキは決して殺し合わないと確信していた。だから、アオイの刺客として放電型人間兵器4機ではなく、脳破壊型人間兵器のミツキ1機を送り込むよう強く主張した。
どうして、私が国防総省を裏切るようなことをしなければならないの?

あなたにとっては、アオイとミツキが娘同然だからよ。

やはり、2年前、あなたはアオイの逃走を助けたのね。そして、今度は、ミツキが国防総省から逃げ出してアオイと合流できるようお膳立てした。

ノーコメント。私の顔は、なんて言っているかしら?
ブラックマン博士、2年前レノックス博士は20185(アオイ)の逃亡を助けた疑いで告発されたが、証拠不十分で告発は取り下げられた。しかし、今の一連のやり取りで、レノックス博士が20185(アオイ)の逃亡を助けたこと、ほぼ確実になった。
ブラックマン博士、こんな裏切り者の立てる作戦に部下の命を預けることはできません。
ブラックマン博士、レノックス博士は2018シリーズを熟知してはいるだろう。しかし、特殊部隊の隊長と人間兵器チームのリーダーが彼女を信じられないと言っている。彼女が作戦を立てたとしても、それを実行部隊が遂行するとは思えない。
そうね。


(本部内の特殊部隊員に向かって)レノックス博士を拘束して、尋問室に連行して。

3人の特殊部隊員がホルスターから銃を抜いて慧子に歩み寄る。
銃は、無用よ。

私自身は、何の特別な力もない、ただの人間だから。

(連行されていく慧子を見送りながら)ため息。
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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