22.追う者たち/慧子とマスムラ

文字数 2,363文字

ミツキのマンション。パソコン画面とにらめっこのレノックス博士。


マスムラが博士のデスクにコーヒーを置く。


レノックス博士、コーヒーでも飲んで、少し休んだ方がいい。

もう、2時間、画面に向かいっぱなしだ。

レノックス博士、カップを手に取り、イスを反転させてマスムラと向き合う。

マスムラ、手にしたカップからコーヒーを一口すする。
大島病院の救急外来前での会話を映した動画に、拳銃を所持したニセ救急隊員の写真。どちらも拡散する一方。大島病院についてのネガティブな書き込みが、ものすごい勢いで増えています。
どうも、大島病院は元々問題の多い病院だったようだ。我々が大島病院を「肉屋」との繋ぎ役に選んだのは失敗だった。CIAは繋ぎ役に使っている他の病院も使用を凍結し再調査することを決めた。
問題は、誰がこの動画と写真を撮ったかです。
マスムラは、慧子が見ている映像をのぞきこむ。それは幸田の知人が投稿したもの。つまり、アオイが撮影したものだ。

したがって、撮影しているアオイの姿は現れず、幸田は後ろ姿だけが映っている。そして、映像は、アオイが放電する前に切れている。

さきほど、「あすなろ園」の園長から電話があった。ミツキに付き添ってアオイが救急車に乗ったが、アオイが病院から連絡してこないと彼は言っていた。彼は、病院からも連絡がないと言う。病院からここに連絡が来ていないかと尋ねられた。
すると、この映像を撮ったのはアオイである可能性が高いですね。
私も、そう考えている。
大島病院には監視カメラはなかったのですか? 大島病院の側から撮影した動画があれば、アオイと彼女と行動を共にしている男性の顔を確認できるのに。
監視カメラはあるが、ネットに流された映像の時間帯のデータが消去されていた。この映像をアップした人間が、病院のシステムに侵入して削除した可能性が高い。
イズミには連絡が取れないままですか?
携帯にも自宅の固定電話にも、まったく応答しない。
ミツキとアオイが衝突したなら、イズミはその経緯を知っているはずです。そのイズミと連絡がとれないのは怪しい。


君は、イズミを疑っているのか?

イズミは、ミツキに攻撃のゴーサインを出すと私たちに連絡してきていません。しかし、ミツキはニセ救急車で大島病院に運ばれ、アオイがついて行った。そして、イズミの行方は、わからない。匂います。


慧子は、イズミに対しミツキに攻撃のゴーサインを出す前に連絡するよう指示し、イズミは表向きそれを受け入れていた(本心ではカレン・ブラックマンの指示を優先して自分の判断でゴーサインを出す決心をしていたが)

⇒13.イズミ、正体を現わす

https://novel.daysneo.com/works/episode/2b4b8b2ed01773ddd59ae29428d7c731.html

イズミが我々を裏切ったというのかね? そんなことをして、彼女に何のメリットがある?
イズミが、密かに私たち以外の上位者から指示を受けていたとしたら?
誰が、イズミに我々の命令と異なる命令を出すと言うのかね? イズミはCIAの工作員だ。そして、この作戦はCIA作戦部長とCIA日本支部長の承認を得ている。イズミが我々以外の人間の指示に従う事はあり得ない。
特殊兵器開発局長がイズミを操っていた可能性があります。
バカな事を言わないで欲しい。特殊兵器局長は国防総省の上級幹部で、イズミはCIAが日本で採用した一工作員だ。この二人に接点があるはずがない。
確かに、普通なら接点があるはずがありません。
君は、今回の作戦に普通でない要素があると言うのか?
あります。特殊兵器開発局長がこの作戦が失敗することを望んでいるかもしれないという事です。
ナンセンスだ! この作戦は、アメリカ合衆国の国益にために遂行されている。国防総省の上級幹部である特殊兵器開発局長がこの作戦の失敗を望むことなど、ありえない。
そうでしょうか? 幹部Xの前にA、B2つの選択肢があるとします。Aは組織の規定路線で現在進行中です。Bは幹部X本人が温めてきたアイディアです。Xが選択肢Bこそ合衆国の国益にかなうものだと確信していた場合、進行中のAを止めてBに着手したいと考えても不思議はないと思います。
君は、特殊兵器開発局長が選択肢Bを持っていると言うのかね?
脳破壊型人間兵器は、前任の特殊兵器開発局長が発案したもので、全部で5機分の開発予算が組まれています。しかし、今の特殊兵器開発局長は遺伝子操作による人間兵器開発を狙っていて、限られた予算を脳破壊型人間兵器の開発に奪われることを喜んでいません。
だから、彼はこの作戦を失敗させ、脳破壊型人間兵器は無能だと示したがっている。君はそう言いたいのかね。
そうです。
だが、予算を奪い合う関係にあるのは、脳破壊型人間兵器だけではないだろう。放電型人間兵器も引き続き作るのだろう?
いいえ。放電型人間兵器はアオイまでで開発終了です。今はメンテナンス用の予算しか組まれていません
だから、特殊兵器開発局長はイズミに接触してきて、彼女にこの作戦を失敗させるようそそのかしたと言うのか? しかし、なぜ、イズミなのだ?
イズミが私の指揮に不満を持っていたからです。特殊兵器開発局長は、イズミにこの作戦を失敗させろと命じる必要はありません。イズミにこう言えばいいのです。「レノックス博士には、この作戦を成功させることはできない。君が本当に合衆国の国益を大切に考えるのなら、博士の指示ではなく、私の指示に従え」そして、作戦を失敗に導くような指示をイズミに与える。
「あり得ない」と言いたいところだが、実際には、そのような裏工作がCIAの中でも頻繁に起こっている君も私も、どうやら捨て駒に選ばれてしまったようだな。
残念ながら、そのようです。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色