56.アオイと慧子、再会

文字数 1,677文字

火災報知器が鳴り始めると、すぐに、アオイは病院内に駆け込んだ。


後ろからマスムラの追跡部隊が放ったスズメバチ型の偵察ドローンがついてくるが、羽音が火災警報に消されて、アオイは気づかない。


院内の人々は、不安な顔で火災警報に聞き入っている。

(心の中で)火災警報が鳴っても、人はすぐには動かない。少しの間、様子見をする。その間に地下一階に降りるんだ。

アオイは戸惑いの表情を浮かべて立ち止まっている人たちの間を縫って地下に続く階段を探す。

看護師二人が「また火災報知器の誤作動じゃない?」「先月もあったわね」と話しているのが耳に入る。

(心の中で)この人たちが避難に動き出すと、あたしも人の流れに飲まれてしまう。そんな中であたしの身体が殺気を感じて非接触放電したら、大変な被害を出してしまう。
アオイは、最初に見つけた階段で地下一階に降りた。


前方にチカチカ点滅する光が見えた。幸田がエレベーターの前に置いて行った発光信号だ。


もう少しでエレベーターというところで、後方に人の気配を感じてアオイは振り返った。

あ!
アオイ、あなた、何しているの? 武器商人から逃げ出してきたの?
慧子こそ、武器商人に捕まったんじゃないのか?
捕まってるのは、カレン・ブラックマン。私は武器商人を倒しに来た。
あたしは自由だけど、友だちを人質に取られた。その友だちを助けに来た。


慧子、あんたが捕まってなくてよかった!

ミツキは? ミツキは、捕まってないの?
大丈夫だ。ミツキも捕まってない。あたしと一緒に人質を助け出そうとしてる。
あなた達が捕まっていなくて、本当に、良かった。もし、捕まっていたら……
武器商人に利用されないよう、破壊するつもりだったか?
アオイは、私の事をそんな風に思っているのか……
冗談に決まってるだろ。

あたしには、他の誰を疑っても疑わない相手が4人いる。慧子は、その中でもナンバー・ワンだ。


それより、懐かしい。2年ぶりだ! あたしたち、4年間も一緒に過ごしたんだぞ!

アオイが、慧子に抱き着く。
あらあら、ダメねぇ……


私がウソをついていて、これが罠だったら、どうするの?

慧子は、ウソなんかついてない。声でわかる。


それより2018シリーズの誰かが捕まっているんじゃないのか?

2018シリーズの4人は、全員、武器商人のリケルメに殺された。
まさか! なんで?

リケルメは人間兵器が欲しいんじゃないのか!

詳しい理由は分からない。

多分、リケルメがこれから作る人間兵器を世界で唯一の人間兵器にしたかったのだと思う。

だとしたら、なんて残酷な奴だ!
リケルメは、あなたとミツキの命も狙っているかもしれない。ここから逃げなさい。

危険なのはリケルメだけではない。私にも、余分なオマケがついている。

オマケって、国防総省か?
今も、国防総省のスズメバチ型ドローンがアオイの後ろを飛んでいる。
アオイが慧子を突き放すようにして、離れる。
ドローンに見られているのに抱き着いたりして、ごめん!


慧子とあたしの関係が国防総省にバレちゃう。

いいのよ。とっくに、バレてるわ。

私があなたを逃がしたことも、知られてる。ミツキをあなたの所に送り込んだのがミツキを逃がすためだった事も、見抜かれている。

そうなのか?
そう、全て、バレバレ。
そうか、慧子があたしの二人目のお母ちゃんだって事を隠す必要はなくなったんだな。
そんな風に思ってくれてたの?

私をそういう風に思ってくれているのなら、私のためと思って、逃げて。

お願い。

慧子の頼みでも、それだけはダメだ。あたしは、人質に取られた友だちを助けるまで逃げない。あたしは先に行って友だちを助けて逃げ出す。慧子は、国防総省の連中を待って一緒に武器商人狩りをすればいい。


エレベーターは使えるようにしとく。


慧子、気をつけろ。絶対に死ぬなよ。

アオイこそ、気を付けて。
アオイは慧子に背を向け、エレベーターを待つ。


地下二階からエレベーターが上がってくる。


突然、アオイは、慧子を振り返った。

慧子、あんたとあたしは、血はつながってない。これで、また離れ離れだ。だけど、あんたは、あたしの母ちゃんだ。それだけは、忘れんなよ!
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登場人物紹介

山科アオイ(17歳) 

両親とドライブ中に交通事故に遭う。両親は即死。生き残ったアオイは、瀕死の状態でICUに運び込まれるが、何者かの手でそこから拉致され、アメリカ国防総省が日本に設置した人体改造研究所で、放電能力を持ち人間兵器に改造される。

謎のテロリスト集団に襲撃されて混乱に陥った人体改造研究所から、傷を負いながらも脱出。幸田と名乗る正体不明の男に助けられる。

幸田の力を借りてCIAの追っ手を振り切りながら、アオイは、自分をCIAに売り渡した謎の組織を突き止めようとする。

幸田(下の名前は不明、年齢40歳前後)

C人体改造研究所の近くで負傷しアオイを助けた謎の男。

英語に堪能、銃器の取り扱いに慣れ、格闘技にも優れている。

無職。アオイをCIAに売り渡した組織の正体を突き止めることに対して、何者かから報酬を得ているようである。

田之上ミツキ(17歳)

東京郊外X市の公園で不良に暴行されかけているところを、アオイに救われる。

その後、アオイと同じフリースクールに通い始め、アオイと親しくなっていく。

実は、アメリカ国防総省ががアオイを倒すために送り込んだ刺客。ターゲットの自律神経系を一瞬にしてマヒさせ、生命維持機能を失わせる力を持っている。

細田真一(9歳)

アオイが通うフリースクールの仲間。小学校で、ひどいイジメにあって、フリースクールに移ってきた。天才的な絵の才能を持っている。

フリースクールの他の子ども達がアオイを恐がったり、煙たがったりする中で、一人だけアオイになついていて、アオイからも可愛がられている。

太一先生(20代後半、独身)

アオイが通うフリースクールのまとめ役であり、教師でもある。

温かい愛情で小学校低学年から高校生までの生徒たちを見守っている。

いざとなれば、肚の座った、芯の強い人間。

アオイに、高卒認定試験を受けて、大学進学することを勧めている。

レノックス・慧子(37歳、独身)

アメリカ国防総省(ペンタゴン)で人間兵器を開発してきた科学者。放電能力を持つ2018シリーズ5基と、ターゲットの自律神経系を破壊する脳波を発する2019シリーズ1基を開発した。

職人気質で、組織との折り合いは悪い。

CIAから、山科アオイの逃亡を助けたのではないかと、疑われている。

田之上ミツキを使って山科アオイを抹殺する密命を帯びて日本で活動しているが、CIAのパトリック・マスムラに監視されている。

日本人の両親のもとで17歳まで日本で過ごした。母親がアメリカ人と再婚したためレノックス姓となったが、日本風にレノックス・慧子と呼ばれることを好む。

パトリック・マスムラ(55歳、日系四世のアメリカ人)

CIAのベテラン工作員。アジア諸言語に堪能なため、過去20年間、アジアでの工作活動に従事してきた。眠りが浅いと、自分が殺害してきた多くの人間が夢に現れるので、睡眠薬が手放せない。

田之上カスミ(霊魂)

田之上ミツキの妹。

ミツキと同時に人間兵器に改造される途中で、死亡する。

しかし、その魂がミツキに受け継がれ、ミツキと二人きりの時に、話しかけてくる。

ミツキが忘れてしまった出来事、ミツキが気づいていないミツキの心の葛藤に気づいている。

ミツキを深く愛している一方で、クールでニヒルな一面を備えている。

川野メグミ(年齢不詳)

フリースクールの高学年生徒に英語と数学を教えているボランティアの大学院生。

実は、アオイとミツキを監視するために送り込まれたCIA工作員。

カレン・ブラックマン(35歳、独身、離婚歴あり)

アメリカ国防総省の科学者。

山科アカネ逃亡事件の責任を問われて失脚したレノックス慧子に代わって、人間兵器開発チームのリーダーになる。

バランスの取れた組織人で、感情に流されることはない。人間として許せないと感じることでも、組織の決定には従う。

レノックス・慧子を尊敬しているが、目の上のタンコブとも感じている。

エル・リケルメ(おそらく偽名。年齢、国籍不明)

国際的な武器商人。

暗殺用人間兵器を、ブラックマーケットで売って、巨万の富を得ようとしている。

しかし、実態は、金の亡者というより、ニヒリストの変種。


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